※明日風8章読了後推奨
はじめからいけ好かねえ奴だった。
無個性のくせに雄英ヒーロー科の予備校クラスにいたことも、塚内の周りなんて欠片も興味ねえという目も気に食わなかった。後からあいつが目指していたのは普通科の特待生だったことを知って、それにもムカついた。
中でも、何よりもムカついたのはそんな奴に一度も勝てなかった俺自身だ。たかが学力模試。その“たかが”で、デクと同じ無個性の塚内に負け続けた自分自身が許せなかった。
体育祭で舐めプ野郎が言っていた、無個性だから捨てられたという双子の姉という言葉。それを聞いて頭をよぎったのは塚内だった。気に障る目付き似ていたが、その時は大した判断材料もねえからと流していた。
それが確信に変わったのは、神野区のアレだ。
何度頭ン中で殺しても殺し足りねえが、あいつらにとって俺は利用価値のある人間だった。無個性なだけの人間に利用価値があるとは思えねえ。だが塚内がエンデヴァーの娘だというなら、クソ敵にとっちゃあ十分な利用価値があっただろう。あとはあの舐めプ野郎の態度だが、まァ双子だろうがあの距離はねえだろ。牽制するようにデクを見ていたあいつが何を思っていたかは知らねえ。気色悪ィ。
寝ても覚めても神野の、オールマイトの最後がフラッシュバックする。俺が弱かったからヒーローとしてのオールマイトを終わらせてしまった。
俺がもっと強かったら。俺がオールマイトに認められていれば。
たらればなんか考えたところで無意味だと分かっていても、そうでもしねえと頭がおかしくなりそうだった。
今日の圧縮訓練でオールマイトを俺の不注意で危険に晒して、それを誰よりも早く防いだのがデクだった。俺は、その背中を見ることしか出来なかった。
デクとオールマイトの聞きたくもねえ話で盛り上がる更衣室からとっとと出ていき、その足で校庭へ向かう。鬱憤ごと思い切り個性をぶっ放せそうなのがそこしか思いつかなかった。
校庭へ続く道の途中で塚内と紫髪のデク以下のザコがベンチに座っている姿に、前にデクと塚内が密会していたのとダブって見えた。
神野でデクだけがオールマイトの言葉を違う意味で受け取ったのと同じように、塚内の反応だけが周りと違っていた。俺の言葉に対しても、何かを隠しているようだった。
デクが塚内が知り合ったのは去年の春頃。それは同時にオールマイトが街にやってきた時と一致する。そして4日前。蝉がやかましくて何を話しているのかは聞こえなかったが、唯一聞こえたデクの言葉からして何を隠しているのかは容易に想像がついた。
オールマイトが俺に伝えようとしなかったことだ。
俺に気付いたザコの視線につられるように、塚内が俺に目を向ける。だが何気なく道端の石コロに目を向けただけだと言いたげに、塚内はすぐに視線を逸らした。
まるで興味なんてないというその目に、腸が煮えくり返りそうなほどムカついているのに頭はやけに冷静だった。
塚内なら何を言ったところでどうせ俺のことなんて気にもしねえ。八つ当たりだとか責任転嫁だとかそんなんどうでもいい。とにかくこのどうしようもない苛立ちを全部ぶちまけてしまいたかった。むしろ塚内が喧嘩を買うようなら俺のこの苛立ちも正当化されると、そう思っていた。
ため息を吐いて俺の腕を押しのけた塚内が何を言うかと身構えたが、塚内は泣きながら声を押し殺すように一言呟いただけだった。まさか、とらしくもなく動揺することしかできなかった。デクだって、どんだけ言っても一度もそんな風に泣いたことはなかったからだ。
中学にいた女子のようにギャンギャン泣きながら金切り声で俺を責めるわけでもなく、やかましく嗚咽するわけでもなく、塚内はただ涙腺だけがぶっ壊れたみてえに静かに泣くだけだった。
駆け寄ろうとする紫髪を声で制して、塚内は走り去っていった。
塚内の姿が見えなくなり、紫髪が侮蔑するように俺に目を向ける。
「体育祭の時、塚内はあんたのことを正しく評価しようとしていたのに……本気で幻滅したよ、ヒーロー志望」
ザコの分際でうるせえんだよ。
そう言おうとしても、喉に張り付いたように言葉が出てこねえ。
紫髪のザコが消えても、足が縫い留められたようにその場から動けなかった。
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