※明日風6章読後推奨
病院で緑谷の面会に来た名前と会ったのを最後に、連絡は途絶えていた。
メッセージは未読のままで、電話は圏外になっていることだけが無機質に伝えられる。
名前が連絡を返さないわけがない。嫌な予感がしたが、今の家族と一緒にいるから連絡を返せないだけだろうと、そう考えるしかなかった。
「悪いね。名前くん、爆豪くん」
名前。なんで、名前がここにいるんだ。
思わず壁の向こうを見ようとした俺を、飯田が腕と肩で押さえつける。飯田の腕を外そうとした瞬間、空からオールマイトが降ってきた。
不気味なマスクをした男はオールマイトが止めているが、それ以外の敵は爆豪と交戦している。爆豪が名前に敵を近づけないようにしているが、それも時間の問題だろう。
爆豪の背後に名前がいるのを確認して、右腕を構える。
そのうち他のヒーローもやってくるだろうが、待ってなんかいられない。
もうガキだったあの頃とは違う、俺が名前を守る。
「なにを、考えてるんだ」
振り上げようとした腕を飯田が思い切り掴む。
すごい剣幕の飯田に切島や八百万が困惑したような顔を浮かべているが、そんなことは関係ない。
「離してくれ」
はやく名前を救けないと。
そのことしか考えられなくなっていた俺の左腕を緑谷が掴んだ。
「待ってよ轟くん」
そう言った緑谷の目は飯田のようなものでも切島や八百万のようなものでもなく、まるで全てを知っていて、心配をしているような目だった。
本当はエンデヴァーの娘で俺達は双子だと、名前はそれを周囲に悟られないように徹底していた。名前のクラスメイトや麗日や蛙吹や飯田だって、緑谷以外のヤツは誰も知らないだろう。
名前自身が秘密にしていることを唯一緑谷だけが知っている。
お前は随分名前に信頼されているんだな、と思わず場違いなことを言いそうになって口を閉じた。
雄英に入学する前からの知り合いとはいえ、緑谷と2人でいるところなんて見たことがなかったから、あまり気にしていなかった。
名前の緑谷を見る目が、体育祭前の俺が名前を見ていたときの目と同じものだと気付くまでは。
たとえば、食堂で緑谷が話をするときの反応や、2人で緑谷の話をしたときの声色だとか。それはほんの一瞬のことで、よく見なければ分からないような些細なものだった。
やっと名前と普通に話せるようになって、名前が今までどんな風に過ごしていたのか知りたかった。今まで話が出来なかった分、たくさん話をするべきだと思った。
それでも名前が轟ではない別の家の人間の話をするたびに、まるで分厚い壁に阻まれたみたい距離を感じた。
特にそれを感じたのは、終業式の日に母の見舞いに行こうと伝えた時だ。名前は言葉を濁すように、でもはっきりと拒絶した。
名前は轟とは関係ない、別の人生を歩もうとしている。だから他の家族に会うつもりはないんだろう。いつかは俺も名前の人生に必要なくなるのかもしれない。
長野の病院で名前が緑谷だけじゃないと言った言葉も目も、嘘を吐いているようには見えなかった。
でも緑谷と他の奴とじゃ明らかに違う、名前の様子に気付いてしまった。
俺にとっての一番が名前なように、当然のように名前にとっての一番は俺だと思っていた。
やっと一緒になれたのに。名前の一番は俺じゃないかもしれない。
そんなのは嫌だと胸の内で叫ぶのは7歳の俺だったのか、それとも今の俺なのか、分からなかった。
緑谷の案で名前と爆豪を救出して、皆と合流をするため八百万と駅前へと向かう。
駅前に続く道の向かいから、手を振る飯田を見つけた。その隣を歩く名前を見つけ、人混みの間を走り抜ける。
人混みを抜け、目の前に立つ名前を抱きしめる。怪我はしていないかとか何であんなところにいたんだとか、言いたいことは色々あるのに、名前を呼ぶことしかできなかった。
息を呑む緑谷の声が聞こえる。前髪の隙間から名前の後ろを盗み見ると、唖然とした顔の緑谷たちがいた。
名前が俺から離れようと身じろぎするのを感じて、抱きしめる力を更に強める。
周りがどう邪推しようと構わない。いっそ、牽制になればいい。
緑谷にも飯田にも、爆豪にも。絶対に名前は渡さない。
俺にとっての一番は名前で、名前にとっての一番は俺であるべきだから。
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