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※明日風6-8読後推奨


 警視庁舎の屋外に置かれた簡易式のベンチに座る初老の男が1人、空を見上げていた。
 壁越しに屋内の慌ただしさは伝わってくるが、男のいる場所は至って静かなもので屋外照明の唸るような音が聞こえるだけだ。
 そんな静寂を破るように重く荒々しい足音が男の耳に届いた。

「塚内、一体どういうことだ」

 炎猛々しく現われたのは2ヒーロー、エンデヴァー。声だけは荒げていないものの、その目は射殺さんばかりに男を睨みつけている。一介の敵であればその目を見ただけで戦意を喪失してしまいそうなものだが、塚内と呼ばれた男は意に介することもなくピスポケットを探っている。

「ッ何故貴様がいながら、名前が敵に拉致された!」

 その様子にエンデヴァーは更に炎を燃え上がらせて塚内の肩を掴む。エンデヴァーの目には塚内への非難だけでなく、どこか焦りの色が見えた。
 エンデヴァーの目を見た塚内がひとつ小さく息を吐き、ピスポケットから取り出した煙草に火をつけた。
 10年前に禁煙して以来、塚内は久方ぶりの煙草にゆっくりと紫煙を燻らせる。

「俺達に黙って友人の見舞いに行っていたそうだ。友が傷ついているのに何もできない人間になりたくないのだと。なあ轟。あの子は本当にお前にそっくりだよ」

 塚内はエンデヴァーに語り掛けながら紫煙を辿るように再び空を見上げた。




 塚内とエンデヴァーの付き合いはそれなりに長いもので、エンデヴァーがプロヒーローとして名を馳せるようになった頃に遡る。当時はまだ警部だった塚内とエンデヴァーで連続殺人事件の犯人である敵逮捕のため共に仕事をしたことが始まりだった。
 塚内の個性は“嘘を吐けない”というもので個性柄、他者の嘘に敏感だ。人は大なり小なり嘘を吐いているものだが、エンデヴァーにはそれがない。愚直とも言えるほどに真っ直ぐな気概を持った青年のことを塚内は気に入っていた。
 一方でエンデヴァー自身も若くして2に登り詰めたが故に外野の煩わしさを感じていた中で、唯一嫌悪感を抱くことのなかった塚内を信頼するのにそう時間はかからなかった。
 個性婚というものに塚内は良い顔をしなかったものの、長子と次子の誕生を喜ぶエンデヴァーの姿に自身の息子が誕生したときのことを重ねた。プロヒーローのエンデヴァーではなく轟炎司としての生きがいが見つかるに違いないと、当時の塚内はそう思っていた。
 しかし、エンデヴァーという男はどこまでも愚直な人間だった。

 ようやく塚内がエンデヴァーの異変に気付いたのは長子が生まれて4年後、再び仕事で行動を共にする際に3番目の子が誕生したと知らされたときのことだった。

「燈矢も冬美も夏雄も駄目だった。次は、次こそはオールマイトを超える子を……!」

 とても我が子の誕生を喜ぶ父親の顔ではなかったエンデヴァーに、塚内は苦言を呈した。頂ばかりを見据えて家庭を蔑ろにするな、と。しかし男の言葉がエンデヴァーに届くことはなかった。
 ついにエンデヴァーが待望した子達が生まれたのはそれから4年後のことだった。


 塚内が警視正への昇任を控えて前線を退きだした頃、エンデヴァーから話がしたいと持ち掛けられた。およそ15年にも及ぶ付き合いの中で初めてのことである。
 エンデヴァーの構える事務所の屋上へ塚内が向かうと、今までに見たこともないほどに憔悴した顔のエンデヴァーが立っていた。

「……末の娘が、無個性と診断された。俺の娘なのに、だ」
「……無個性の子が生まれる確率はゼロじゃない。それはお前も知ってるだろう」
「違う!出生前に名前は確かに個性があると診断されていたんだ!検診時に足の小指に関節があることも確認をした!」

 拳を握りしめながらエンデヴァーが吼えるのを塚内は静かに見つめる。
 エンデヴァーの心の機微に同調するように纏う炎が震えた。

「焦凍は心が軟弱なきらいがあるが、名前はそうじゃない。身体能力も子どもらの中では群を抜いていて、名前ならどんな個性であっても俺を超えられるのではと思っていた。それなのにだ」

 エンデヴァーが激情を抑えるように肩を震わせながら歯を食いしばった。

「期待をかけていたぶん失望する気持ちは分からなくない。だが無個性だとしても、その子はお前の娘だろう」
「分かっている。だが……ヒーローの世界しか見せられない俺にはあの子は育てられん」
「そんなことはないだろう」
「……犯罪者達の怨恨にカリカチュアライズにしか見ない世間。俺の周りには仇が多すぎる」

 初めて弱音らしい言葉を漏らすエンデヴァーに、塚内は思わず動きを止めた。

「彼奴らは間違いなく名前を狙う。他の子らには自衛の術を叩き込んだが、個性すら持たない名前は潰されるだろう……ともすれば、それをするのは俺かもしれん」

 エンデヴァーが額を揉むように手で目を覆う。

「……叶うことなら、名前にはヒーローのことも忘れて普通の子として育ってほしい。だが俺には世間の言う普通が何なのか分からない」

 オールマイトを超える。誰もが諦めた夢を愚直なまでに追い求めた孤独な男には、気が置けない間柄の人間はいなかった。
 ただ1人、塚内を除いて。

「なあ塚内、俺はどうしたらいいんだ」

 今まで誰かを頼ることのなかった轟炎司の哀願ともいえる言葉に、塚内は心を決めた。


 塚内が名前を養子に迎え入れた当初は、少女への同情よりも友への心配が勝っていた。オールマイトが引退をした後、トップヒーローとして君臨するのはエンデヴァーしかいないと考えていたからだ。加えて犯罪者の生い立ちには家庭環境の影響が大きいとされている。周囲の人間から敵を生むのは一警察官として看過できなかった。

 塚内は友に代わり、名前の成長をすぐそばで見届け続けた。
 子どもの成長とはやはり何度経験をしても目を見張るものがある。次第に塚内も他の家族と同じように名前に対して情を抱くようになった。
 他者に認められたいという、ただのその想いのために自分すらも省みることなくひたすらに走り続ける。その名前の背中に友を見た塚内は僅かに危機感を覚えた。
 名前を心配する気持ちに嘘はない。しかしそれを伝えるのは自分ではないと、一抹の不安を覚えながらも、塚内はそれが正しいことであると信じていた。




「何が言いたい」

 塚内の肩を掴んでいた腕を離し、エンデヴァーが唸るように言った。

「名前は周りの心配なんかを他所にそれが正しいことなんだと信じて、1人で突っ走ってしまう。お前もそうだ」
「……だから、何が言いたいんだ」
「お前も名前も、俺が止めるべきだった。今になって気付いたよ」

 塚内の自嘲的な笑みにエンデヴァーの炎が揺らぐ。
 吸殻を灰皿に圧し潰して火を消した塚内が立ち上がる。それを待っていたかのように塚内の携帯電話の着信を知らせるベル音が鳴った。

「名前が無事に戻ってきたら、ちゃんと3人で話をしよう。名前のことは任せたぞ、エンデヴァー」

 微動だにしないエンデヴァーの肩を叩き、歩き出した塚内は携帯電話の着信ボタンを押す。

「……貴様に言われるまでもない」

 突然姿の見えなくなった夫への動揺を激しく露わにする妻を宥める塚内の背中に、エンデヴァーが言葉を投げかけた。


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