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 21時を過ぎた頃、仕事を終えた塚内直正はオールマイトと待ち合わせている場所へ向かうために車を走らせていた。雄英体育祭翌日の夜、直正の携帯にオールマイトから一通のメールが届いたからだ。名前くんのことで話がある、と。オールマイトから妹の名前を聞くのはこれが2度目だった。
 車載ラジオからはヒーロー殺しステインによってインゲニウムが重傷を負ったというニュースが流れている。敵連合との繋がりも示唆されているというニュースを聞き、直正が目を揉む。敵連合特別捜査本部のメンバーである直正の帰宅時間が連日遅くなっている原因の一つであったからだ。現に、日を跨ぐ前に署を出るのも実に3週間ぶりのことだった。

 待ち合わせ場所である喫茶店の扉を開けると、来客を知らせるベルが鳴った。物腰の穏やかそうな店の主人によって直正はオールマイトの座る席へと促される。

「すまない。遅くなった」
「いや、私の方こそ無理を言って呼び出してすまないね。何か食べるかい?」

 席に着き、ネクタイを緩めている直正にオールマイトがメニューを手渡す。そのメニューにさっと目を通し、直正はコーヒーを注文した。
 夜遅くまで営業しているとはいえ、店内には直正とオールマイト以外に2人ほどしか客はいなかった。注文したものはすぐにでも出てくるだろう。

「それで、名前がどうしたんだ?」

 水を飲み、一息吐いた直正がオールマイトに尋ねる。

「体育祭で、緑谷少年が名前くんにOFAのことを話したいと言っていてね。だから、兄である君の意見を聞こうと思ったのさ」
「へぇ。彼が」

 緑谷のことは直正もよく覚えている。オールマイトが認めたOFAの後継者。その少年がまさか名前と知り合いだったとは知らなかったが。

「オールマイト、君はどう考えている?」
「……私は、OFAのことを彼女に話してもいいと思っている」

 そうだろうな、と直正は内心思った。そうでなければわざわざ自分を呼び出す必要はないのだから。
 ヒーローとは孤独なものだ。AFOという巨悪と対峙する使命にあるOFA後継者なら尚更。だからこそ知っている人間がいれば、少年にとって信頼のおける心の拠り所ともなるだろう。
 そうと分かっていても、無個性であった君がそれを言うのかと、直正は目を細めた。



 直正が名前と出会ったのはもう10年も前のことになる。既に家を出て何年も経っていた直正のもとに、珍しく実家から連絡があったと思ったら養子を引き取ったという旨のもので、その連絡を聞いたときには思わず目を剥いた。
仕事を終え、すぐに実家へと戻ると両親の向かいのソファには背筋をまっすぐに伸ばして座る少女がいた。その少女が名前だった。

「名前といいます。よろしくおねがいします」

 まだ就学すらしていないように見えた少女だったが、ずいぶんしっかりした挨拶をする子だ。それが名前に対して直正が抱いた印象だった。
 直正が帰宅した時には既に日が暮れてからずいぶん時間が経っていたこともあり、名前は母に連れられ、自室へと向かった。
 居間に残されたのは直正と父のみ。直正が父に養子を引き取った理由を尋ねるが、ただ名前が無個性であることと、プロヒーローであるあのエンデヴァーの娘だということだけ伝えられた。それだけであったが、直正はこの家に名前が来ることになった理由を悟った。
 名前が塚内家にやってきてから直正は月に一度は実家に帰るようになった。ひとえに名前が心配だったからだ。しかし直正は名前が笑ったところはおろか、泣いたところも怒ったところも見たことはない。妹と違い、直正も感情表現豊かな子どもだったとは言い難いが、その直正から見ても名前はあまりに無機質すぎた。見た目は幼い少女であるのに、子どもらしさがないという歪さがあったのだ。
 それでも名前がやってきて2年が経ち、来たばかりの時に比べたらだいぶ警戒心も解かれてきているのではと感じていたときのことだった。一月ぶりに実家に帰ってきたと思ったら、胸のあたりまで伸びていた名前の髪は顎のあたりで揃えられ、髪色は黒く染められていた。それだけではなく、家事を手伝いながら母と話している姿がまるで普通の親子のように見えた。
 夕食後、名前が寝るために自分の部屋へと行ったのを見計らって、直正は様子の変わった名前のことについて母から話を聞いた。


 明日も仕事があるからと泊まっていけという母の言葉を躱し居間を出る。と、そこには2階に続く階段に座っていた名前がいた。

「あの……」
「どうした?」

 緊張した面持ちで話かける名前に、直正は自分を待っていたのかと居間でくつろいでいた自分に後悔をした。
 落ち着きなさげに手を動かす名前に、両親ではなく自分に話かけてくるなんてよっぽどのことなんだろうと、急かすことなく言葉を待つ。

「……あの、テレビの上に飾られてる写真の道場ってどこにあるんですか?」
「道場って、あーあれか」

 名前の言葉に居間に飾られている写真の存在を思い出す。直正が幼少期から高校卒業まで通っていた道場で撮った写真のことだ。緊張した面持ちだったために聞かれた内容に思わず拍子抜けしてしまう。

「ここから歩いても行けるところだが、なんだってそんなことを?」
「その道場に通いたいんです」

 予想もしていなかった言葉に、瞠目する。名前はふざけて言っているようにも見えず、真剣な顔をして直正を見つめていた。

「親父達には言ってないのか?」
「言ったら反対されると思うから言ってないです。でも、個性がなくても大丈夫なくらいに強くなりたいんです」

 母から話を聞き、まだ7歳になったばかりの少女にとって双子の弟との再会はどれほどのストレスだったのか、考えることは想像に難くなかった。
 もしかしたら名前は轟の家に戻りたいと思っていたのかもしれない。それが双子の弟との再会で、もう生家に戻ることは許されずこの家で生きていくしかないと突き付けられた故の、変化なのだとしたら。それは何て残酷なことなのだろうか。

「お願いします」
「……分かった。道場への口利きも俺がしよう。その代わり、親父達にはちゃんと話しなさい。俺も一緒に説得するから」

 自分の説得なんてなくても、両親は心配こそしても名前の思いを否定しないだろうと、直正は確信している。それでも、名前が自分のことを認められるように彼女の望むように手助けをするのが家族の役目だと直正は思った。

「ありがとうございます」
「とりあえず慣れたらでいいから、敬語は使わなくていいからな」

 直正が頭を撫でると名前が控えめに笑みを浮かべる。年相応とは言い難いものの、少しずつ感情の表出が出来るようになっていけばいいと、直正は頭を撫でる力を強めた。



「――塚内くん?」
「ああ、すまない」

 オールマイトの言葉に意識を戻す。名前にOFAのことを話すかどうか。直正の中では答えは決まっていた。

「オールマイト、俺は反対だ」
「そういうと思ったよ。……理由を聞いても?」
「OFAのことを知ってしまえば危険が伴う。名前をこの件には巻き込みたくない。それに……」

 同じ無個性でも個性を与えられた少年と家族を失った少女。もし名前が緑谷の個性が与えられたものだと知ったらどうなるのか。これ以上名前を傷つけたくないという兄の願いがあった。

「それに?」
「いや、なんでもない。とにかく名前にはOFAのことは話さないでくれ。大事な妹なんだ」
「分かった。緑谷少年にも口を酸っぱくして伝えるよ」
「頼むよ」

 実を言えば、緑谷と仲良くするのも直正にとってはあまり良い気はしないものだった。聡い名前のことだから、いつかはオールマイトと緑谷の関係を知り傷付いてしまうことがあるだろうと直正は思っている。
 それでも名前が友人と呼び年相応の笑顔を見せるようになったのだから、名前の交友関係に口をはさむのも違うのだろう。それならオールマイトと緑谷の秘密に気付いていない少しの間でも、笑っていてほしいという兄の身勝手な思いがあった。


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