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 小学校に入学したのと同時期に行くようになった道場は、兄も幼少期にお世話になったというところだ。この道場の先生は破天荒ながらもその道では有名な方で、県をまたいでこの道場へ訪れる人もいるほどだ。

「こんばんは」

 壁にもたれるようにして座る面長の男性、赤田さんもその1人だ。私がこの道場に通うようになったときには既にいた人だったが、不定期にこの道場にやってきては稽古をして帰っていく。先生の道場だからこそ出来ることだろう。
 しかし不定期とはいえ、赤田さんはここの道場の中では先生に次ぐ実力者だ。

「久しぶりですね。1年ぶりでしょうか」
「さあな」

 そう言うと赤田さんは立ち上がり、中央へと歩き出す。その後に私も続いた。赤田さんと向かい合い、互いに一礼する。

「手合わせ、よろしくお願いします」

 両手を前に構えると、赤田さんも何も言わずに構えた。


 まだこの道場へ通うようになったばかりの頃の話だ。とにかく早く強くなりたいとそればかり考えていた私が声をかけたのが、当時から門下生の中で一番強いと噂をされていた赤田さんだ。
 子どもの戯言に興味はないと言われたが、当時の私はそれでも諦めず、赤田さんが道場やってくるたびに声をかけ続けた。赤田さんには本当に迷惑をかけたと今では反省している。
 赤田さんに声をかけ続けて1年ほど経った頃のことだ。初めて赤田さんの方から何故そこまで声をかけ続けるのか尋ねられた。自分は無個性で家族にはたくさん迷惑をかけてきたから、家族のために何か出来るくらいに強くなりたい、とそんなことを言ったのを覚えている。それ以来、1日に一度だけ手合わせをしてもらえることになった。
 あれから8年。私は今も赤田さんに勝てたことはなかった。

 足を払われ、体勢を立て直そうとしたところを道衣の胸元を捕まれ、顔の前に拳を突き付けられる。もう、勝敗は決まっていた。赤田さんが拳を下ろし、立ち上がる。

「下半身のガードが甘い。もっと体幹を鍛えるんだな。左からの蹴りを避けたのは賢明だったが、その次の反応が鈍い。常に相手の視線、筋の動きから行動を予測しろ」
「はい。ありがとうございました」

 頭を下げると、赤田さんは私に背を向けて壁際へと歩いていった。
 必要最低限にしか他者との関わりを持とうとしない赤田さんだけれど、8年前の子どもの我侭に今でも付き合い、助言までしてくれるのだから、決して冷たい人ではないのだろう。

 先生との稽古を終えて下駄箱で靴を履いていると、背後に赤田さんが立っていた。驚きつつ場所を譲ると、赤田さんも下駄箱から靴を取り出す。いつもなら最後まで残って先生と手合わせをしているのだが。

「今日はありがとうございました」
「あぁ」

 私よりも早く靴を履き替えた赤田さんはもう帰るものだと思っていたが、その場から動かない。不思議に思い、赤田さんを見ると目が合った。

「雄英に受かったそうだな」
「あぁ、はい。とはいっても普通科ですが」

 まさか赤田さんから話しかけてくるとは思わず、内心驚きながらも頷く。話の出どころは先生だろうか。そもそも赤田さんがそんな世間話をするということも驚きだ。

「……雄英でオールマイトが教師になったと聞く」
「そうですね。ヒーロー科の担当なので、私はお会いする機会はありませんが。テレビで見るのと変わらない、ユーモラスで優しい人だと聞いていますが」
「ハァ……そうか」

 赤田さんはオールマイトのフォロワーなんだろうか。お茶子ちゃん達から聞いたことを話すと、赤田さん一言言って背を向けた。私が話したことはおそらく彼が聞きたかったことではなかったらしい。
 ヒーロー科でどんな授業をしているのかは聞くことはあっても、特定の先生のことはあまり聞いたことはない。今度お茶子ちゃん達と話すことがあったら、その時はオールマイトの授業の様子も聞いてみて赤田さんに伝えよう。いつもお世話になっているお礼代わりだ。

「今度オールマイトの授業の様子とか、聞くことがあったらお伝えしますね。またよろしくお願いします」

 そう伝えると、赤田さんは振り向くことはなかったけれど、右手を挙げて小さく振っていた。


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