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私の父は1ヒーローオールマイトに次ぐプロヒーローだ。
そんな父から生まれた私は、父の個性も母の個性も持たない人間だった。
個性に執着する父にとって私は無価値な存在であった。しかし親心なのかそれとも世間体からなのか、それは分からないが生きるに困らない生活は送らせてもらっている。

そして私には弟がいる。
焦凍、私が個性を持たずに生まれてきた代わりに全てを持って生まれてきた双子の弟。
個性が発現する前は仲の良い普通の姉弟だった。
けれど、私が無個性と判明して精神を病んだ母が病院に入院をしてから、焦凍は変わってしまった。
常に私を傍におきたがるようになり、家族や家の者であっても焦凍以外の人間と話すことを極端に嫌った。
そして焦凍は、私が雄英のヒーロー科の入試を受けることを条件に雄英ヒーロー科の推薦入試に志願すると父に告げた。無個性がヒーロー科の入試を受けたところで受かるはずがないと父も私も、焦凍以外の全ての人が確信していた。しかし一緒にヒーローになろうと個性が発現する前に話していたことを焦凍だけがまだ信じていた。
焦凍をオールマイトをも超えるヒーローにすることが父の願いであり、ヒーロー科への推薦入試を受けることは、父の願いを叶えるためには必須であった。そして父は苦渋の決断の末、私をヒーロー科に受験させた。

ヒーロー科一般入試の結果は、誰もが想定していた通り実技試験で不合格となった。
何のためにここにいるんだと私に向かって怒りを露に叫んだ受験生はきっと合格したに違いない。
ヒーロー科を落ちた私に残された選択肢は父の決めた高校に入学することだけだった。これ以上自身の母校を汚されたくなかったのだろう、父が選んだ高校はここから遠くはなれた山奥に建つ全寮制の高校だった。
しかしそれに対して焦凍が反発し、名前が雄英に入学しないのなら俺も行かないと父を脅した。そして私は雄英の普通科に入学することになった。



「まだ残ってたんだ」

ヒーロー科は普通科と違って土曜日も6限まで授業がある。
焦凍が授業を終えるまでの間、誰もいない教室で今日の復習をしていると、扉側から声をかけられた。
声をかけてきたのは同じクラスの心操だった。体育祭に向けて練習でもしていたのだろうか、体操着を着ている。
俺以外と話すな、と言った焦凍の言葉が脳裏によぎり、言葉にすることなく頷く。

「……轟さんってさ、別に口が聞けないわけじゃないんだろ?何言われても黙ってるし。何か理由でもあるの?」

いつもは会話をすることのない心操が今は他のクラスメイトがいないからか、話しかけてきた。
心操の質問に正直に答えるわけにもいかず、心操から視線を逸らすと溜め息が聞こえた。

「まぁ別にいいけど。……轟さんさ、クラスの奴になんて呼ばれてるか知ってる?無個性のくせにヒーロー科を受験した身の程知らずって言われてるんだよ?」

そう言いながら心操が私の席の近くまで歩いてきた。
心操の言葉に頷く。私に聞こえるように大きな声で言っているのだから、聞こえないわけが無かった。
焦凍と比較されていることも轟家の落ちこぼれと言われていることも知っていた。

「……それなら何で言わせっぱなしにしてるわけ?悔しくないのかよ」

言われていることは全て事実だから訂正する必要が無いからだ。それに、ここに入学する前から言われ続けていることで、別に今更何かが変わるとは思えない。
だけど何故、

「君がそんな顔をする必要があるの」
「!?」

不満げに顔を歪めていた心操の表情が驚きの色に変わった。
私に対してそんな顔をする人はいなかったため、つい言葉に出てしまった。

「……別に、個性で判断されてるのが気に食わないだけだ」

きまりが悪そうに視線を逸らした心操が呟いた。
自分だけでなく他人である私に対してもそう思えるということは、彼は元々人を気にかけることができる人なんだろう。
それが同情からくるものであっても他の人から心配されることなんてあまりなかったため、気恥ずかしいながらも嬉しかった。

「そう。……ありが――」

「名前」

言葉を遮るように、私の名前が呼ばれた。この学校で私のことを呼ぶのは1人だけしかいない。
心操の向こう側、扉の横に焦凍が立っていた。まだ授業中のはずなのに、何故ここに。

「授業が早く終わったから来てみれば……誰だ、そいつ」

射殺さんばかりに睨みつける焦凍の視線に、心操が立ち竦んでいる。
心操に詰め寄ろうとする焦凍の右手が不自然に構えられているのが見えて、咄嗟に焦凍の右手を掴んだ。

「やめて焦凍」
「……あいつを庇ってるのか」
「違う。今日の授業の話をしてただけ。勝手に話してごめん」
「……」

心操に向けていた目が私に向けられる。嘘を吐いていないか探るような焦凍の視線に内心息が止まりそうになりながらも真っ直ぐに目を向ける。
しばらくして、ようやく焦凍が右手を構えるのを止めた。
焦凍の手を掴んでいる私の手を握りしめ、もう片方の手を自身の左側の火傷痕に持っていく。

「名前は、俺と一緒だよな」
「……うん。ずっと傍にいるから」

焦凍の火傷痕に触れる。
この火傷痕を見ると逃げることは許さないと、まるで見えない鎖に縛られているような気持ちになる。
本当ならこれは私が負うべきものだった。母に煮え湯を浴びせられそうになった私を、焦凍が庇ったのだ。
だから私は焦凍に償わなくてはならない。この火傷痕のことも、家族をバラバラにしてしまったことも。そして焦凍の心を壊してしまったことも全部、私のせいだから。

「帰るぞ」
「うん」

鞄を取りに自分の机へと戻り、教科書類を鞄に仕舞う。
盗み見た心操はまるで固まってしまったかのように静止していた。
焦凍に手を引かれ、教室を後にする。
教室に向かって振り返ると何が起きたのか分からないと呆然とした表情で立っている心操と目が合った。
彼のように心配してくれる人がいて嬉しかったという気持ちと感謝の気持ちを込めて静かに笑みを作った。



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