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「……最悪」
「んだとてめえ!!」

爆豪勝己の叫ぶ声も今の名字名前には届かない。
担任お手製の席替え専用のくじを引いた瞬間、名前は絶望の淵に落とされた。
名前の手にあるくじの番号は13番。爆豪の隣の席だった。

真面目な優等生と評判の名前と内申に響かないラインで非行に走る不良少年の爆豪。
犬猿の仲、水と油の関係のような2人であるが、何故か3年間同じクラスである。しかしこれまで席が隣になることは無かったが、中学最後の席替がこの結果になるとは。
この席替えの結果にクラスメイト、特に名前と爆豪の周囲のクラスメイト達は日々の安寧を諦めた。


「お、名字と爆豪はついに隣の席同士になったのか」

教員の言葉に爆豪が舌打ちを打つ。
これ以上2人を刺激しないでくれ!というクラスメイト達の心の声は教員には届かず、本日5回目の舌打ちを聞くことになった。
席替えをした翌日の5限目。1限目の授業から名前と爆豪について言われ続け、既に名前と爆豪の間の空気は最悪なものとなっていた。
2人の周りに座るクラスメイト達の顔色は青くなっているが、教員がそれに気付くことはなく背を向けて図形を描き始めた。
名前が板書されたものをノートに書き写す一方で、爆豪は椅子に大きくもたれて足を組み、ぼんやりと前を眺めている。その机の上には教科書どころか筆箱すら出ていない。
3年生に進級したばかりの春先に机に足を乗せるのを辞めたとはいえ、それでも目に余る授業態度に名前は不服気味だった。

「よし、えーとじゃあ爆豪。このACとBDの比率は」
「4:5」
「正解。でも、もう少し悩んでもらわないと俺の板書した時間が無駄になっちまう」

教師の場を濁すような発言に少しだけ、教室内の重苦しい空気が和らいだ。
しかし一方で名前の気分は再び下がっていく。普段勉強をしている素振りを見せないのに爆豪は頭が良い。それこそ成績は常に学年1位であり、名前はいつも学年2位におさまっている。爆豪は名前が寝る間も惜しんで勉強しているのを軽く飛び越えてしまう男だった。
成績が良いからと教員たちも爆豪の生活態度には多少目を瞑っていることが多く、そのことが名前は一番納得がいかなかった。
ちらりと名前が横目で見ると、爆豪と目が合い鼻で笑われる。
本当に嫌な奴だ、と名前は憤然とし大きく顔を逸らした。


昼休み、名前はぼやけた視界の中ゆっくりと顔を下に向けて廊下を歩いていた。
その顔にはいつも身につけているはずの瓶底のように分厚い眼鏡はない。彼女のスカートのポケットの中にはその眼鏡がひしゃげた状態で入っていた。
つい先ほど廊下でふざけあっていた下級生とぶつかり、転ばないよう大きく足を踏み出した際に誤って落ちた眼鏡を踏んでしまったのだ。
過程が何であれ結果として眼鏡を割ってしまったのは名前自身であり、心から謝罪している下級生に弁償しろとも言えず、彼らに今後の注意を促して現在に至る。

今日は体育が無いから大丈夫だろうとスペアの眼鏡を持ってこなかったことを、名前は激しく後悔した。
彼女の視力はものの輪郭がぼんやりと分かる程度で、それが物なのか人なのかの区別もつかない。
ただ、1つだけ物か人かを判別する方法があった。それは直接目を合わせた者の心を読み取ることのできる名前の個性を使ったものだ。先ほどの下級生が心から謝罪しているということを知ることが出来たのも名前の個性によるものだった。
しかし名前は人の気持ちを読み取ることのできる自身の個性に恐怖を感じていた。
誰もが本音と建前というものを持っているが、その本音というものが口にするのも恐ろしいものだったというのもこれまでに何度も見てきたからだ。
そのため元々の視力の低さもあるが、それ以上に個性を使えないように名前自らレンズの分厚い眼鏡を身につけていた。

教室のドアを開ける音に数人のクラスメイトが顔を向ける。
彼らと目を合わせないように自分の席へと戻る。窓側の後ろから2番目の机、そこが名前の席だった。
幸い、隣の爆豪はまだ戻っていないようで内心安堵する名前。いくら気の合わない相手であるとはいえ爆豪の本音が見えてしまうのは少し、恐かった。


「本当に先に帰っちゃっていいの?」

何とか午後の授業も終わり、いつも一緒に帰っている友人達に先に帰っていて欲しいという旨を伝えた名前。
眼鏡が無いことで家にも無事に帰れるか分からないため、母親に迎えに来てもらうためだ。それに友人達の本音を見たくないということも名前の中には僅かにあった。
友人達を信頼していないようで心苦しく思いながらも、不自然にならない程度に視線を逸らし、友人達の言葉に頷く。
友人達が下校した後、母親からそろそろ学校に着くと連絡があり、名前はゆっくりと歩きながら昇降口へと向かった。

グラウンドの方からは運動部が部活動をしている声が聞こえる。部活動をしていない生徒は既に下校しているため、昇降口に人らしき姿は無い。
顔を上げて自分の下駄箱を探す名前。それぞれの下駄箱の上に書かれている名字の中から自分のものを探すために、下駄箱に顔を近づけた。

「何やってんだきめえ」

聞き覚えのある声に名前に顔を伏せた。普段ならば授業が終了すると同時に友人達と帰る爆豪であったが、今回は違ったようだ。
よりによって爆豪かと溜め息を吐きたくなるのを堪える名前。

「邪魔だからさっさとどけや」

爆豪が舌打ちをするように言った。爆豪の下駄箱は昇降口の外側、そこへの道を名前が塞いでいる状態だった。
だからと言ってそこまで強く言わなくてもいいのではないか、と思いつつも謝罪をした名前が下駄箱から離れ爆豪が通りやすいよう道を譲る。
その時、名前の下がった場所が悪かったのかすのこの角に足を滑らせた。視界がぼやけていたため、すのこの正確な幅を推し測ることが出来なかったのだ。

背中から倒れそうになった名前の手を誰かが掴んだ。この場にいたのは名前と爆豪だけ。咄嗟に名前が爆豪に顔をを向けた。
名前の視界はぼやけていて爆豪の顔は分からない。しかし確かに爆豪の特徴的な赤色の目と視線がぶつかった。あぁ、最悪だ。

――っぶね。……コイツ意外と目デケェんだな。睫毛も長えし

思わず名前の思考が止まる。それは名前が想像もしていなかった心の声だった。
実は今目の前で手を掴んでいる人は爆豪ではないのかもしれないとすら思い始めていた。

「いつまでこの体勢でいるつもりだよカス」
――手ちっせえな。力加減しねえと折れるんじゃねえの

発言と心の声とのギャップに未だ名前の頭は追いつけなかった。
名前が心の声を読んでいるということにまだ気付いていない爆豪は舌打ちをして、名前の身体を起こした。

「何ジロジロ見てんだよブス!」
――あの糞ダセェ眼鏡がねぇほうが……他のヤツに見せんのもムカツクな

何様のつもりだ、と思いつつも名前の顔に熱が集まる。
名前は勘が良いわけではここまで言われていて分からないほど鈍感ではなかった。

――何顔赤くしてんだ……そういやコイツの個性……ッ!!!!

次の瞬間、名前の目の前に爆破音と共に爆煙が舞い、爆豪の目が見えなくなった。
名前が煙に咽こんでいる間にバタバタと走り去るような大きな音が聞こえ、顔を上げたときには既に爆豪の姿は見えなくなっていた。

意識せずに両手を顔に持っていくと頬はまだ熱を持っていた。
爆豪の隣の席になってから学校へ行きたくないと思ってしまっていたことは度々あったが、今は別の意味で明日学校に行けないと思ってしまった名前であった。


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