クラス委員の仕事を終え、教室へと戻る。
体育祭後ということもあって、既に生徒の姿は無い。
机にかけていた鞄を手に取ろうとすると、自分の手が震えていることに気付いた。
息を1つ吐き、鞄を肩に提げて焦凍がいるであろうA組の教室へと向かった。

A組の教室の扉にはめ込まれている窓の向こうに焦凍がいるのが見えた。自分の席だろうか、奥から2番目の1番後ろの席に座り左手を見つめている。
震えている手でノックをして扉を開くと、焦凍が左手を下ろして立ち上がった。

「……焦凍」

焦凍を呼ぶが、それよりも自分の心臓の拍動の音の方が大きく聞こえる。
名前を呼ぶ声は届いただろうか。そう不安になったが、瞠目した焦凍がゆっくりと瞬きをした後、赤音と小さく呟いた。

実際に向き合ってみると何から話せばいいのか分からず、沈黙が続く。
傷だらけになりながら焦凍に向かって君の力じゃないかと叫んだ緑谷くんの姿が脳裏に浮かんだ。
何のためにここに立っているのか。その理由を思い出したとき、自然と口から言葉が出ていた。

「……緑谷くんとの試合で焦凍が炎熱の個性を使ったとき、焦凍の声が聞こえたんだ」

焦凍が肩を震わせる。眉を顰めて視線を逸らす焦凍が、母に叱られて萎縮していた時の焦凍と重なった。
責めるつもりで言ったわけではないと言葉にする前に焦凍が口を開いた。

「俺は……親父の、炎熱の個性を使わねえことが赤音にできる唯一の償いだと思ってた。けど緑谷と戦ったとき、俺と赤音とお母さんの3人でオールマイトの映ったテレビを見たことを思い出して、」

焦凍が深く息を吐き、左拳を握って真っ直ぐに私を見つめた。

「何でヒーローになりたかったのか思い出したとき、勝手に体が動いてた。償いなんて言っておいて結局俺は自分を優先しちまったんだ……ごめん、赤音」

焦凍の中ではまだ私は許していないのだと思っているのだろう。
私が焦凍に対して、許されないことをしてしまっていたというのに。
焦凍の言葉を否定するように頭を振る。

「昔、私が炎熱の個性で焦凍が氷結の個性で、って話をしたの覚えてる？」
「……忘れるわけねえよ」

焦凍が苦々しげに呟く姿を見て、どれほど苦しめていたのか痛感する。
あの時の、何気なく話をしたことが全てのはじまりだった。
目を閉じて、深く息を吸う。

「あんな事を話したから、私も焦凍も炎熱の個性は私のものだって思っていた。……でもそれは私のものじゃない。焦凍のものだ」

焦凍が大きく目を見開いた。

「それなのに私はその事を見ない振りをして、ずっと焦凍を縛り付けていた。だから謝らなくちゃいけないのは私のほうなんだ。本当にごめん」
「けど！俺のせいで赤音は……！」

焦凍が顔を歪ませ、俯く。
確かに、私は無個性であったために養子に出されたのだろう。
しかし新しく家族になってくれた塚内の人達は本当に良い人達ばかりで、養子になったことは決して不幸なことではなかった。
焦凍の固く握られた左拳を両手で握る。

「焦凍のせいじゃない。私も焦凍も、あの時のことに囚われすぎていたんだ。でももう終わりにしよう」
「っ！」

焦凍が勢いよく顔を上げる。唇を噛み締めるのは、泣くのを必死に我慢していた小さい頃の焦凍の癖だった。今もその癖は直っていないようだ。
焦凍の頭に手を置くと、焦凍の肩が小さく跳ねる。当時は同じ身長であったが、今は焦凍のほうが背が高い。
それでも今自分の目の前にいるのは成長した見慣れない焦凍ではなく、当時の少し泣き虫な双子の片割れの焦凍だった。

「もう償いとか自分のせいとか考えなくていいから。だから、焦凍がなりたい自分になるために力を使って」
「っ」

私の背に焦凍の腕が回り、肩口に顔が埋められた。
赤音と何度も私の名を呟く声を聞きながら、焦凍の髪を梳くように頭を撫でる。
泣くのを我慢している焦凍の気持ちが落ち着くまで頭を撫でていたあの当時を思い出す。
しばらくの間、顔を埋めている焦凍の頭をただ撫で続けた。


「……赤音は本当にそれでいいのかよ」

顔を上げた焦凍と目が合う。
気まずさを残しながらも穏やかな表情を浮かべていたことに、内心安堵した。

「今こうして焦凍と話せているだけで十分だよ」
「……何も変わってねえな」
「焦凍もだよ」

そう言うと小さく笑みを浮かべた焦凍に、私も思わず口角が上がる。
私達の10年にわたる確執は完全に取り去られたわけではない。私も焦凍も今、ようやく前を向いて歩きだしたところだ。
これから焦凍と一緒に少しずつやり直していけばいい。だから、今はこれで十分だった。

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