明日は明日の風がふく(旧) | ナノ
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私が養子に出されたのは4歳のときだった。

理由は簡単。私が無個性であったからだ。


私の実の父親は有名なヒーローで、娘であった私にも将来は自分と同じ道を歩ませようと考えていたようだった。
ところが、弟が個性を発現させても私には現れず、4歳の時に適正検査を行った結果、無個性と判明した。

無個性と知ったときの途端に興味を失ったような顔をした父、私を侮蔑して見る母、見て見ぬ振りをする兄達。

彼らの顔はぼんやりとしか覚えていないが、私の双子の片割れである弟の顔だけは今も鮮明に覚えていた。


実の親から捨てられ、施設へ入れられそうになった私を家族として迎え入れてくれたのが塚内の両親だった。
本当の娘のように愛し、育ててくれた塚内家にはどれだけ感謝をしてもきっと足りないだろう。
 
何かその恩を返せることはないか。
そう考えていた中学3年生に進級した時のことだった。

学年主任であった担任から雄英高校の特待生入試を受けてみないか、と提案された。
 

雄英は名の知れたヒーローを輩出する学校として有名で、他科は滅多に話に上ることは少ない。
しかし、国内有数の国立高校のネームバリューは一般企業、公務員の間でも十分に通用するものだった。

将来は安定した職に就き、家族を支えていきたいと考えている私にとって雄英の特待生の話は願ってもないもので、何より、特待生は入学金や在学時の諸々の費用が全て免除されるということも大きかった。

両親に特待生入試のことについて話すととても喜んでもらえた。
兄も無個性である私が雄英に行くことに少し不安を感じていたようだが、私の能力が正当に評価された結果だと自分のことのように喜んでくれた。

ようやくこの人達に恩返しが出来る。

何としても特待生枠を合格し、3年間の高校生活を終えて無事卒業するというのがこれからの私の目標となった。


特待生入試を受けることを決め、まず両親と話し合ったことは塾へ行くかどうかということだった。
雄英を受けるなら、と両親は塾へ通うことを提案してくれたが塾の学費を出してもらっては本末転倒ではないかと考え、塾には行かず独学で勉強をすることを伝えた。
しかし、担任からは独学での合格は難しいと言われ、両親にも「赤音が自分で考えて決めた道だから応援したい」と言われたことで、塾へ通うことを決めたのだった。




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