明日は明日の風がふく(旧) | ナノ
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外へ出ると空はまだ薄暗く、家の中と外の温度差に無意識に体が震える。
季節は秋から冬へと移り変わった。

塾は既に辞め、今は小学生の頃から通っていた道場に再び通いはじめている。
兄が生まれる前から師事されているという先生は今もご健在で、雄英に合格をしたと報告をしたときには、赤音の勝利を讃えて!と組み手を組まされた。

肉体言語に富んだ先生らしいといえば、らしかった。


海岸沿いを走っていると海浜公園が見えてきた。

以前は不法投棄されたゴミばかりで、公園というよりはまさにゴミ捨て場であった。
しかし、今では公園から水平線に昇る朝日が見えるほどに綺麗になっていた。

それもこれも、彼のおかげなのだろう。

正直なところ、初めて彼を見たときあまりにも細いその体に、とてもじゃないが不法投棄されたゴミを片付けるのは無理だろうと考えていた。
てっきり罰ゲームでやっているのだろうとすら、思っていた。

しかし、そんな彼が1人でここまでやったのだ。
ヒーローになりたいがために、無謀と思えることをやった彼に素直に尊敬の念を感じる反面、何故そこまでしてヒーローになりたいのかが不思議だった。


海浜公園の入り口の前を通ろうとしたとき、目を閉じてゴミに背中から寄りかかるように座る彼の姿が見えた。

また寝ているのだろうか、と思ったが明らかに様子のおかしい彼に、思わず駆け寄った。


近くにはおそらく彼が吐いたと思われるものが広がっており、彼の呼吸は荒く、両手が震えていた。

「その体勢じゃ呼吸し辛いから、前のめりになるようにして呼吸して」

彼の肩を軽く叩き、声をかける。
目を閉じたまま小さく頷いた彼が前傾姿勢を取るのを確認して、彼の水筒とタオルを取りに向かった。

「脱水症状が出てる。先に顔を拭いてから水分補給をしよう」

戻ると、先ほどよりは呼吸が落ちついているように見えた。
俯きながらうなずいた彼に見えるように、途中に水で濡らしてきたタオルを手渡す。

「これの中身はスポーツドリンク?」

一呼吸ついてタオルで顔を拭いた彼に尋ねる。
顔を上げ、小さく頷いた彼に水筒を渡す。


「あ、ありがとう……」
「一応の応急処置だから。今日は早く帰って安静にしていたほうがいい」
「や、でもまだ始めたばっかだから……」

立ち上がろうとして、ふらついた彼の腕を掴み支える。

「ヌハッ!!?!」
「立つのも難しいじゃないか。今の季節、倒れたら本当に入院しかねないよ」
「いや……でも……」

何故か顔を赤くしながら、ボソボソと呟く彼。
肺炎にでもなってしまったりしたらそれこそ、ヒーロー科の入試を諦めなければならないおそれもあるのに、それでも掃除を続けようとするなんて。

「約束したこととはいえ、体を壊してしまっては意味ないだろ。その人がそれを望んでいるというの?」
「ッ……」

彼は俯き、顔を逸らした。
自分でも説教臭いことを言っているとは思っている。

しかし、自己管理が出来ない人間に人を救けることが出来るというのか。
体を壊してまで目指すほど、ヒーローという仕事に価値があるというのか。

私にはどうしても分からない。


「……何故、君はそこまでしてヒーローになりたいの?」

「……」

彼の腕を離しても、彼の体がふらつくことは無かった。
私と彼の間に沈黙が落ちる。

「ひ、ヒーローになりたいって思ったのは、あんまりたいした理由じゃないって思うかもしれないんだけど……」

彼がぽつぽつと呟くように話しはじめた。


「えっと、実は……僕は無個性なんだ」

まさか、彼も無個性だったとは。
驚きで言葉を失うも、下を向いている彼は気付かずに話を進めていく。

「無個性だけが原因じゃないかもしれないんだけど、皆からずっとバカにされてきたんだ。だから、その、人を救けるってむちゃくちゃかっこいいことだなって思ってて小さい頃からずっとヒーローに憧れてたんだけど……」

彼は視線を左右に彷徨わせ、両手の指を組んだりほどいたりを繰り返しながらも続きを話した。

「でもやっぱり無個性だから、ヒーローになれるわけないってこの歳になっても現実が見えていないとか色々言われてて、分かってるけど……でも諦められなくて……」

彼の語尾が尻すぼみになっているのに反して拳は強く握られている。

彼の悔しさややるせなさが、私には痛いほどに理解できた。

「でも、オ……あの人は僕に、ヒーローになれる、って言ってくれたんだ……。僕を認めてくれたあの人みたいに……あの人の期待に応えたいんだ。無茶なことしてるってのは分かってるんだけど、スタートラインに立つだけじゃ、あの人みたいになれないから……」

強く握り締めていた手を解き、顔を上げた彼は泣きそうな顔をして笑っていた。

『私を認めてくれた方達の気持ちを無駄にしたくはありません』

彼の言葉に、面接の時に言った自分の言葉を思い出す。

彼と私は同じだった。
しかも、彼はその先を見据えていた行動をしていた。

それなのに、私は彼のことを何も知らず責めてしまった。

本当に、自分が情けない。


「何も知らないのに偉そうなことを言ってしまってごめんなさい」

「え!?え……えっ!?いや!謝るなら僕のほうだよ!本当にすいませんでした!!」

今までのことを含めて頭を下げると、彼も同じように頭を下げた。
どちらも譲らず、しばらくの間互いに頭を下げ続けていた。


「もし良ければ、君の名前を教えてもらってもいい?」
「え、っと、み、緑谷出久です」
「緑谷くんか。私は塚内赤音といいます。自己紹介なんて今更って感じだけど」
「塚内、赤音さん……」

頷きながら私の名前を呟く緑谷くん。
覚えてくれようとしているのだろうか、真面目だ。

「緑谷くん、私は勘違いしていた。本当にごめんなさい。……君がヒーロー科に受かれるように応援している。頑張って」
「!う、うん!!ありがとう!!」
「あ、たいしたことじゃないんだけど、体を動かす前に一度スポーツドリンクは飲んでおいたほうが脱水の予防になるから。それじゃあ」
「あ、ありがとうございます!じゃあ……」

手を振ると、緑谷くんも小さく手を振り返してくれた。


本当は、自分も無個性だということを伝えようと思っていた。

でも、無個性であっても夢を諦めずに頑張る緑谷くんの姿を見てしまうと、何だか言えなくなってしまった。

自分の選んだ道に後悔をしたことなんて一度も無いはずだった。




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