今日、入試の合否が決まる。
緊張していないわけではないけど、母が私以上に忙しなく動いているため、あまり自分自身が緊張している感覚がしない。
母は、バイクの音がするたびにインターホンで玄関を確認していた。
家の前にバイクが停まる音がした。
母がインターホンで確認をすると、配達員がインターホンのカメラの前に立っているのが見える。
インターホンが鳴らされるのと同じタイミングで、母と2人で玄関の扉を開ける。
特に驚いた様子も見せなかった配達員から、雄英と書かれた封筒を手渡された。
この時期から受験の合否発表があるために、我が家のような家庭も少なくないのだろう。
郵便はがきサイズの封筒に入っていたのはホログラムカードだった。
どうやら映像で合否発表を行うらしい。
お母さんがいると気が散っちゃうでしょ、と母に言われ、私は今自分の部屋にいる。
しんとした部屋にいると緊張が増したような気がして、大きく息と1つ吐いてカードの電源を入れた。
「やぁ!塚内赤音くん!面接試験ぶりだね!!」
空中に映し出された画面の中で話をしているのは、面接官でもあった根津校長だった。
「さて、合否結果が気になるだろうけど、まずその前に面接試験についての講評をしよう」
そう言うと根津校長に用意されていたであろう椅子に座り、コーヒーカップに口をつけた。
面接官直々に試験の評価をもらえるということに驚きつつも、映像を見る。
「結果からいうと君の面接態度は非常に良かったよ。しかし、君の返し方は模範解答すぎるね。まるでカンペを読んでいるみたいだ。それでは自由を重んじる校風である雄英の特待生は務まらない」
根津校長の言うとおりだった。
完璧さを追求するあまり、私は対策の言葉そのままに答えていた。
「だから私達は敢えて君を動揺させるような質問をした。無個性についてなんて、予備校も参考書も教えてくれなかっただろ?」
根津校長達の思惑通り、私は確かに動揺していた。
現状は別であるが、表向きには無個性で人を判断することは人権の侵害であるとしてタブー視されている。
そのため、面接で無個性について聞かれることは無いと考えられていた。
特に私の行っていた塾に関しては、これまでに無個性の塾生を迎えたことが無いというのもあり、情報も無かったのだろう。
不安が胸をよぎり、机の下で両手を握り込む。
「しかし、その後の君の言葉には重みが増した。最後の質問を覚えているかい?あの言葉に込められた君の意志の強さに、私達は心打たれた!!」
椅子から飛び降りた根津校長が画面いっぱいに映った。
「よって雄英高校特待生入学試験、塚内赤音くん!合格だ!!」
「は……」
開いた口から無意識に漏れた言葉は震えていた。
指先から感覚が無くなっていくような、不思議な感じに眩暈がした。
「入学に必要な書類は後日郵送されるから忘れずに記入するように!さて、もう最後になるのでこの言葉を贈ろう。面接の時のあの思いをどうか忘れないでくれ!Plus Ultra!!」
根津校長が両腕を上げ、映像は終わった。
しかし、合格をしたという実感が湧かずしばらくの間、椅子の上から動けなかった。
「試験、受かった……」
リビングへと降りて、母に合格したということを伝える。
何故かパーティークラッカーを持っていたがそれを放り投げ、母は私に抱きついた。
「赤音!!おめでとう!!あなたなら出来ると思っていたわ!!」
「お母さん達が応援してくれたからだよ。お母さん、ありがとう」
「そんな事言っちゃって!!……あなたが私の娘になってくれて本当に良かった……」
私もお母さんの娘になれてよかった。
そう思いながら、私の肩を濡らす母の背中を撫でた。
その後、父と兄に合格報告のLINEを送り、学校と塾にも合格したことを伝える電話をいれた。
学校に電話をしたときに出たのが私に雄英を勧めてくれた担任で、興奮したように登校日に改めて職員室へ来るように言われた。
その日の夜は兄も帰ってきて、久しぶりに家族全員で夕食を食べた。
私が合格するまで、と断酒をしていた父は兄と一緒に久しぶりのお酒を楽しんでいた。
酔いもあったのかいつにも増して饒舌な父に自慢の娘だ何だととにかく褒められ、何だか気恥ずかしかった。
兄からは合格祝いにと腕時計を貰った。
無駄にならなくて済んだよ、と言った兄は私の頭を力強く撫でながら笑っていた。
私以上に喜ぶ家族の姿を見て、合格できて本当に良かったと心の底から思えた。
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