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祿と玉響+/狐話






「今宵はまた月が一段と綺麗だな」


真っ黒の空に散り散りに瞬くちいさな星たちの中で、ひと際大きく輝くまんまるな月を眺めながら、木々の枝に座りこむ。


中秋の名月


いつもよりも際立って綺麗に輝くその月がでるこの日、貴族などの間では観月の宴や舟遊びで歌を詠み、宴を催すらしい。
杯や池にそれを映して楽しむのもまた一興。


「…玉響も、いつか見れるといいのだが」


なんて、在りもしない事を思うて見る。
最近拾った、目の見えない小さな小娘は今頃私の住みかで大人しくしているだろうか。
きっと今までも母親になんぞ月の事など聞いたこともないのだろう。


見えない変わりに、どう言葉で伝えれば、この美しさが伝わるのかを考えてみるが、あまり良い言葉は見つからない。
目が見えぬ故に多くを知らず、あまり会話もしなかったと言うので知る機会も無かったのだろうあの子に、見たままの美しさを伝えるのがこんなにも難しいのかと……
天狗の身でありながら今さらこのような事で思惑を巡らすとは(他の天狗なんかに知られたら笑われそうだ)



気がつけばお前のことばかり考えてる
(とりあえず早く玉響に会って、それからまた考えるとしよう)



 





「ちゅうしゅうのめいげつ?」


開かれていても何も見えていないらしい目は、やはり視線が合うことは無い。
それでも必死に私を視ようと、話す私の顔を手でなぞりながらも、玉響は意味が分からないと言ったような声を出した。


「あぁ、毎年このすこし涼しくなった時期に見れる、綺麗な月の事だよ」
「みれるといっても、わたしはみえないよ」
「……そう、なんだが」


やはり、そう切り返されると何とも言えないモノがこみ上げてくる。
私の顔に触れるのをやめ、そのまま抱きかかえて私の膝に乗せると、玉響は大人しく私に体重を預けた。(これがまた、軽い)


「そんなにいつもと違うの?」
「……まぁ、月はいつでも綺麗だが…」
「いつもと違うお月さまなの?」
「いや、月はいつもと同じ月なんだが…季節によってなのか、この時期の月はいつも以上に綺麗なんだ」
「ふうん」
「……反応が薄いな」
「だって、わかんない」
「………やはり伝わらないか…」
「ろくみたいに、触れられたらいいのに」
「………流石にそれは無理だな」


見上げれば、すぐにみえるというのに…
この視界に広がる美しい世界を共有できないというのがまた、切ない。


「ねー…ろく、」
「なんだ?」
「どんな風にみえてるの」
「…そうだな、真っ暗闇の中に、ぽっかりとまんまるい光が浮かんでいるんだ」
「光が月?」
「そうだ」
「おひさまじゃないの?」
「違うな、それより優しい光りだ」
「そっか」
「あぁ、」


伝えてはみたが、いまいち伝わったのかは分からない。


「じゃあ、わたしはみえなくてもいい」
「?なんで…まあ、たしかに見えないが」
「…ちがう。わたしの、見えない中でもろくはいるんだよ」


玉響がこちらを向いた。
見えてはいない瞳は、相も変わらず私を捉える事はないが、衣服を必死に掴む手は私を捉えて離さない。


「まっくらななかの光が月なら、わたしにとっての月はろくだよ」
「……玉響、」



「わたしの世界は、ろくがいるから月なんて見えなくていいよ」





君の世界を俺だけにして
(天狗である私を"光"などと、ああ…もうこの娘は)













「ふふ、懐かしいですね。その様なこともありました」
「今でも私は、ゆらの月で居れているのだろうか・とな…ふと思っただけだよ」


見上げて見えるのは、あの頃となんら変わらずに丸く浮かぶ淡い光を放つ月。
昔とは違ってゆらは膝の上にはいないが、見えもしない空を見上げて隣に寄り添うように私に体を預けている。


「もちろんです。目は見えずともわたくしの世界は優しい月の光で満たされております」
「昔からゆらは大げさだよ」
「大げさなどと、比べる相手がおりませんのでわかりかねます」


フフ・と口角をあげて笑う、ゆら。
あの時には無かった表情が、ゆらの感情を表すようになってどれくらいの時が過ぎただろうか。
私に寄りかかるゆらの肩に、抱くように優しく手を添えれば、そのままゆらは目を閉じた。


「ゆら、」
「はい。なんでしょう、祿?」





ずっと隣で笑っていて欲しい
(私がゆらの、月でいれる限り)





「祿が、わたくしの月であることを放棄しないのであれば」
「それは…今のところ予定はないな」
「でしたら、」



もちろんでございます。
(いつまでも、わたくしの命が尽きる瞬間まで、)(祿の隣で笑っておりましょう)




***
ろくゆらへの3つの恋のお題:
・気がつけばお前のことばかり考えてる
・君の世界を俺だけにして
・ずっと隣で笑っていて欲しい


@1129


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