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祿と玉響+/狐話

平安時代の天狗と盲目少女のお話。
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「…おや、あれは人間じゃないか」



高い木の枝に座り、下を見ていると二人の人間の女が、山の中へと入ってきたのが見えた。
親子なのか、小さい方が大きい方の少し汚れた着物の裾を掴み、ヨタヨタと二人で歩いている。


遠くに見える人里は火点し頃のようで、民家には少しずつ明かりが点し始め、辺りはまだ明るいが、程なくして日は確実に落ちる頃合い。
そんな刻に山へ入るとは山犬にでも食い殺されたいのか…


「…………」


じぃ・と動向を見つめればさらに山深くへと歩みを進めてゆく二人。


「………様子を見るか」


枝の上から腰を上げ立ち上がれば、よりよく下界がみえた。







半刻程、たっただろうか。
もう日も完全に沈みきり、山は静寂に包まれた中…先程よりも奥深くへと入った所で、私は同じように木の枝に座り様子を見下ろしている。
もう随分前からこの場所からは動いていないが、変わった事と言えば、一人…大きい方の人間がいなくなった事か。
帰ってくる気配はまるでなく、小さい方は置き去りにしたまま、来た道を戻るのを見たが、どうなったのかは知らない。


不意にウォォン・と山犬の吠える声が、山に響き渡った。


「………」


小さい方は、この山の暗闇の中で恐怖心はないのか…もしくは恐ろしくて動けぬのか、大きい方が去ったあとも(山犬の遠吠えも聞こえただろうに)全く動かずにじぃっとしていた。








「………?母さん…?」


またさらに刻は進み、完全な闇が山を支配している中で依然として動かない小さい方の真後ろへと降りてみれば、それは思った以上に小さい子供の娘。


「……ちがう、だれ?」


娘からか細い声が発っせられるが、後ろは振り向かずに動かないまま。
母では無いと悟ったのか、問うてはきたが、私が何も返さないからか娘はまただんまりとしてしまった。


里へ返さなければ、もう山犬だけではない、ほうて置けばものの怪からも襲われてしまう。(今は私が娘を見張っているからいいものの)
だが、恐らく置き去りにされ捨てられたのであろうこの娘を帰した所でどうなるというのか(母親は恐らく先程の山犬に食い殺されただろう)


「……お前、怖くはないのか」
「………」
「…………私と話す言葉は無い、か」
「………」


無言のまま、振り向きもせず、微動だにしない娘。


「……お前の母さんとやらは、もう帰ってこない」
「………あなたは、」


先程一緒にいた"母さん"は恐らくもう戻って来ないであろう事を呟けば、娘はようやく口をひらいた。


「なんだ?」
「ヒトでは、無いのですか」


こちらを振り向きもせず、そう問うた娘に、私は少し驚いた。
しかし、このまま自分がヒトではないと明かしてしまえば、もう娘が何も答えなくなるのではないかと…なんとも言えない予感が横切り、何も答えないでいればまた静寂が訪れる。


「…………お前は、この闇の中で、怖くはないのか?」
「…………」
「………だんまりか」
「…………わたしは、何も」
「…何も?」
「なにも、みえないから」


なにもみえない?
それは暗闇だからなのか、そのままの意味なのか。盲目であるというのなら、なんと不敏な娘よもや此処が何処なのかも知らずに、ただ佇んで居たというのか。


「…………」
「こたえました」
「?」
「あなたは、ヒトなのか、答えてもらってません」
「…………」
「…………」
「…………あぁ、ヒトでは無い、な」


一瞬、答えるか迷ったが正直に答えてしまった。
どちらにせよ盲目であるなら私の姿は見れまいと、思ったからかもしれない。


「………そう、ですか」


私がヒトでは無かったのがわかり、何を思ったのかは解らぬが娘の纏う雰囲気が少し変わった。


「………わたしは、また…」
「?」
「…………」
「……なんだ」
「…………」
「…………」
「……見ず知らずの、ヒトでないあなたは、」
「…………」
「人を殺すことを何とも思わないようなかたですか」
「………は?」


何を言うかと思えば、この娘。
まさかとは思うが私に殺してもらおうとでも思っているのか。


「………むり、ですよね」
「…………」
「あなたの雰囲気は、やさしいから」
「………雰囲気…?」
「わたしを殺すなんて」
「…………っ」
「…ほら、どうようしてる」


私の方を全く見ずに(いや、どちらにせよ盲目とあらば私の姿どころか何も見えないだろうが)気配だけで察しているのか、そうだとしたら相当な事。
それだけに、ここで死ぬのは惜しい


「(目が見えない分、他の部分が優れたのか)」
「………」
「………」
「………」
「娘、これからどうするんだ」
「……なにを?」
「………」
「…あぁ、このまま……さっきの山犬の餌にでも、あなた以外のものの怪の餌にでも」
「………死にたいのか」
「もう、いらないから」


さて、どうしたものか
死にたい・と言う割にはしっかりとした声色。
常人であればもしかしたらもう発狂していてもおかしくないようなこの場所で、これほどまでにしっかりと立っていれるのは、何も盲目だからという訳ではあるまい。(死ぬことに躊躇も恐怖もないのか)


「………」
「………娘、名は?」
「……名前?」
「………」
「わたしの名前は、母さんがわたしを呼ぶためのもの」
「………」
「母さんがもうよばないなら、そんなものはいらない」


なかなか変わった認識、"母さん"とやらは一体どのようにこの娘を育ててきたのか…


「私が、名をやろう」
「……は?」


今まで微動だにしなかった娘が、初めてこちらを向いた。
向いたといっても、やはり目に光りはなく、盲目であるからだろう、私と視線が会う事はない。



「私は"祿"」
「…ろ…く…?」



娘が、目に見えてうろたえているのがわかる。
今まで、あれだけ真っ直ぐに立っていた娘が、だ。



「お前の名前は、」


人の一生など、私達にとってはなんと儚く短いものか、




「"玉響"」




私の一生の中の、ほんの一瞬の戯れ




「たま…ゆら…?」
「私が、拾ってやる」
「………え、」





「"玉響"は私がお前を呼ぶための名だ」





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ぷ・∀・ひゃーー

●玉響(たまゆら)
全盲なために様々な気配に物凄く敏感
目が見えないから、妖怪を見ることはないけど声が聞こえる。だからいきなりなにかと話し始めるのが気味悪がられて、母親の恐怖心が積もり積もって山に捨てられた子←←←
だから近くで見張られてたのにも気付いてた。


●祿(ろく)
比叡山に住む心やさしい天狗。


@1016


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