「悟って何かと女の影があるよね」
「…なにくだらねえこといってんだ」

女、名前が俺のベッドでごろごろしながら言う。俺に女の影なんて…と思った。こいつはダレのことをいっている。

「ほら、バイトの女の子、なんだっけ?」
「…片桐愛梨か」

誰のことかと思えば、名前の口から出てきたのはアルバイト仲間の女の子。こいつ、本気で言ってるのか…と頭を悩ませる。くだらねえと吐き捨てる俺に、もう少しだけ言いたげに、名前の瞳が揺れる。まて、俺と関わりのある女なんかそいつくらいだぞ。

「あと……あの子、とかね」

その意味ありげに濁したモノが誰を指すのか、俺は嫌でもわかってしまう。―――雛月加代のことだ。曖昧なそれが指すものは、きっと彼女だ。…嫌なことを思い出してしまった。そういえばこいつはなんだかんだで小学校からずっと一緒だったのだ。所謂、腐れ縁。こいつは俺よりだいぶ年下だが、母親同士が仲良くて接するうちに、ずるずるとここまで来てしまった。その証に、もう25になる名前という1人の女性がなんの危機感もなく俺の家にあがりこんでいる。雛月加代は俺にとってあまり思い出したくない人物だった。彼女のことを思い出すとどうしようもない喪失感と後悔が生まれる。なんせ彼女は、もう死んだのだから。

「…名前」

「ごめんごめん、幼心に加代ちゃんは悟のことが好きだと思ってたんだ」

私の方が好きだったのに、と口を尖らせてベッドに突っ伏す。好きだった、今でもたまに告白されるその昔の言葉は、どうしたって昔のことで、どうしたって過去のことだった。4歳ほど離れた年齢。当時コイだとかアイだとか、まったく興味なかった年頃だったのに、こいつはいつも近くにいた俺のことを好いていたという。

「雛月は、ちがうだろ」
「そうかなあ、そうならいいんだけど」

死んだヤツに嫉妬じみたことをするなんて、名前は馬鹿だと思う。俺と雛月はほとんど話さなかったし、名前にもそんなに話した覚えは…あるか。今となってはもう思い出せないが、その小さなひとつひとつを名前は覚えているのか。

「でもね、私、加代ちゃんの事件の前日に、加代ちゃんと話したんだ」

「…え」

それは、初耳だった。前日に雛月加代と話した人物。最後に話したのは俺だろうが、友達の少ない雛月と会話を交わした相手。そんなひと、いたのか。

「小一だったし、全然覚えてないんだけどね。たしか、悟の話したよ」
「…」
「ま、ずいぶん昔のことだねえ」

そんなこと、どうして言わなかったんだ。助けたかったと強く後悔したあいつの情報。あいつが、俺の話をしたこと。そんな、大事なこと。

「…悟、その顔。やめてよ」
「…は?」
「加代ちゃんの話になると、する顔嫌だな」
「…馬鹿じゃねえの」
「しってる」

悟がすごーく後悔してるの、知ってるんだけどね。とへらりと笑う名前。もうなんなんだ、こいつは。その微妙な空気が流れた後、一呼吸おいて名前がそういえば、と話をそらす。なんなんだよ、自分から振っておいて。


「彼氏できた」
「は、」
「別れた」
「は?」


ほんとうに、なんなんだこいつは。俺に女の影があるとか言っておきながら。いつの間に…と俺の中でふつふつとなにかが湧く。俺のいないところで。…でも、こいつも25なのか。いてもおかしくはない、決して。と、自分で自分に言い聞かせる。


「悟の家行くのやめろっていうから振った」
「お前なあ…」
「優しい人だったけど、仕方ないよね」

淡々と当たり前かのように、それでいて残念そうに言う名前に言葉を失う。普通、男の家にあがりこむなんてご法度だ。しかし、こいつはずっと俺の家にいた。元彼の方が正常だ。元彼は悪くない。


「お前、普通は怒るだろ」
「いやだよ、悟の家のが大事」

はあ?と文句ありげにいう。いやいやお前、それが普通だし、てか、

「家かよ…」

…口に出てた。
やべ、と顔をしかめてちらりと名前をみると、にやり、としてやった顔。


「…ふうん、家じゃ嫌なんだ?」
「ちげえよ」
「あ、そう…悟のが大事なんだけどな」

「……」

出たよ、またお決まりのからかい。こうやって、名前はいつも俺を翻弄してくる。本当に厄介なやつだ。…いつもそのからかいに一瞬だけ本気になってしまう自分もいるわけだが。

「なんか言ってよ」
「…うるせ」
「本気だよ」
「お前いいかげんに」
「冗談だったら別れない」
「は、」

「いいかげん本気だって、気づいてよ」

まっすぐ見据えた視線。へらへらした顔じゃなく、いままで見たことない顔。なんだ、こいつ。今までずっと、好きだったのは昔みたいなツラしてたくせに。なんだよ…それ。

「、昔の話じゃなかったのかよ」
「…25にもなって男の家あがりこんでるんだからさ」

少し恥ずかしそうに、なげやりにそっぽを向く名前。察しろよ、ということらしい。初めて知った。いや、知っていたがそれを否定していた。幼馴染みだからと、否定していた。そんなうれしいこと、あってたまるか。こっちだってもう三十路。夢諦めてこんな年になるまで、いや、こんな年になっても一緒にいたこいつ。何にもねえ無色だった世界が、やっと色づいた。



「29にもなって女家に上げてんだからさ」

「お前もいいかげん、気づけよ」


名前は笑った。




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僕街面白いですよね


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