×ネタバレ






この世界は食物連鎖だとだれかがいった。生物たちの間で起こる、食べる食べられるの関係。虫を食べる蛙。蛙に食べられる虫。草食動物を食らう肉食動物。肉食動物に食べられる草食動物。そして、私たちを捕食する巨人。…捕食される私たち。アルミンと見た著書には、食物連鎖の頂点は人間であると記されていた。そんなものか。そんなこと、ない。少なくとも今この世界を生きる私たちは間違いなく巨人に捕食される側の人間で、その食物連鎖の頂点は巨人どもだった。ありえない。私たちが頂点だなんて、決してありえることじゃない。不条理だと思う。私たちが不条理だと思うように、私たちより下の草食動物や虫たちだってこの連鎖を不条理だと思っているのだろう。…しかし、人間と巨人の関係はほかのそれとは違っていた。巨人は本来人を喰らわなくても生きていけるらしい。なのに、奴らは人を襲う。喰らう。生殖的にはなんの意味をも持たないその行為。これを不条理と言わずして何と言うのか。自分の命を繋ぐために行う食べるという行為。それとは全く異なるものだ。それを奴らは、弱い私たちを嘲笑うかのように、ニタリと嗤いながら、喰らうのだ。奴らにとって私たちを喰らう行為はゲームそのもの。チェス盤の上の駒だった。一部強い人間がいるおかげで、さらにスリルを増すそのゲーム。奴らの中では、これはただの遊びだ。そのことに気づいた時、今まで行っていた訓練が何の意味も持たないように錯覚する。現に、それに気づいたものは時たま訓練を逃げ出したり、自害をしたり、様々なことをやる。それでも、この現実を噛み締めながら私たち人類は戦わなくてはいけない。
つまるところ、巨人という奴らは憎むべき相手、本当に嫌いなモノだった。


「食物連鎖なんて、認めない」

呟いた言葉は誰にも拾ってもらえない。…ひとりを除いて。


「…、」

食堂で、私の前でもりもりと楽しそうに話を弾ませながらパンを食べるエレン、ミカサ、アルミン。彼等の背中に、トレーを持ったまま固まっているある男がいた。ベルトルト・フーバーだった。目の前にいるエレンでも気づかなかったほどの独り言、エレンよりも遠い距離にいる彼にどうして届いたのか。ベルトルトは頼りなさげな眉毛をさらに下げて、固まっていた。ベルトルト、彼とは仲良くしてもらっているが、どうにも人と深く関わるのが苦手というか、いつだって距離を置いて話しているような人だった。したがって、あまり彼を快く思っていなかった私だったけれど、最近はそうでもなくなってきた。


「お、どうしたんだよ?そんなとこに突っ立って」

さすがに自分の後ろをガン見している私に気づいたのか、エレンが振り向いてベルトルトに声をかける。


「あ、ああ……なんでもないよ」


わかりやすく、動揺している。馬鹿なエレンはそれに全く気づいていなかったけれど。彼はまた何でもないよと言ってこの場をあとにした。なんだろう、この違和感。わたしのあのひとこと。なにか、まずいことでも言ったのだろうか。なんとなく後味が悪くなって、エレンたちに断りを入れて先に席を立つ。もちろん、ベルトルトに会うために。





「どこいった…」

いない。どこにもいない。探している彼が。あの長身だ、すぐにわかるものだと思っていたのに。もうすぐ消灯時間も迫ってきている。気になるところではあったけど、諦めようか。…と、思いかけたその時、外へと続く扉が開いているのが見えた。わずかに見えるのは、広い背中と暗い灰色のTシャツだった。思わず、歩み寄る。…やはりベルトルトだった。


「ベルトルト」

「えっ、名前…」


「もうすぐ消灯なるよ?」

「ああ…戻らなきゃ、でも、もう少し」

彼はまだまだここにいたいようだった。もの寂しげな眼差しで、草をいじっている。その姿がどうも気になって、私も一緒になって腰を下ろす。あーあ、見つかったらやばいなあ。



「…名前、さっきの独り言なんだけど、」

「やっぱし聞かれてたか、恥ずかしいな」

「食物連鎖って、なんのこと?」

別に聞かれて困ることでもなかったので、淡々と私は話していった。その間、何故かベルトルトは非常に心苦しそうな顔をしていた。話の途中で私は「どうしたの?」「大丈夫?」などと聞く。ベルトルトは曖昧に笑うだけだった。



「…名前はさ、巨人が憎い?」


いまさら、何を聞くのかと思った。ここにいる訓練兵のみんなは、その大半が巨人を憎く思っていることは明白だったのに。なぜ、わざわざ。違和感しか感じなかったが、あまりにも思いつめた顔をしながら問うベルトルトに下手なことは言えなかった。


「そりゃ、ね…シガンシナで起きたあのことは、本当に本当につらいことだったよ」

「…」

「わたし、すごく壁に近いところに住んでたんだけど、やっぱり駄目ね。あの超大型巨人がきたとき、壁を破ったとき、その暴風と飛んできた瓦礫でもう…」

お母さんもお父さんも、死んだ。そこまで言ってしまうとあの頃の恐怖が、光景が、血塗られた私の家が、自然と思い出されてきた。平和なんてもの、最初からなかった。平穏なんて言葉、この世界には似つかわしくないものだったようだ。



「理不尽な世界だと思うの。とても不条理だと。でもね、上位10人にも入れない私は、この世界のお荷物。巨人たちに、捕食される側なの」


「そんなこと、」


「うん、ありがとう。…巨人は憎いけれどね、私なんかのちっぽけな命なんて何の役にも立たない。そんなこと知ってるから、ここにはない平和を願うだけ」

「…名前、」

「あの超大型巨人もエレンみたいに意思があったら、和解、できるのかな」


なんて、そんなわけないか。と自嘲気味に笑う。ベルトルトはもう俯いてしまってこっちを見なかった。こんなほぼ実現不可能な話、笑い飛ばしてくれていいのに。ベルトルトは優しい人だからそれが出来ないんだろう。


「やめてくれ」

「もう、やめてくれ」


ふいに、上擦った声が聞こえた。は、として顔を横に向ける。ベルトルトが、怯えたような目をして地面を睨んでいる。いまのは、確かに私に向けられた言葉。

「やめて、って…」

「お願いだ……」

どうして、と言おうとすると懇願する声が被さってきた。こんなにも、泣きそうで、背中が小さく見える彼を見るのは初めてだった。


「…ベルトルト、ごめんなさい」


呼吸の浅い彼の、震える肩を撫でる。彼は地面を睨むのをやめない。もうどうしたらいいのかわからなくて、ひたすら、肩をさする。ねえどうして、ごめんなさい、シガンシナの話はタブーだったの?それとも、あまりに馬鹿なことを私が口走るから?それとも、なんで。かける言葉が見つからなかった。私だって混乱している、彼の、少し他人と距離を置いて、自分の事を卑下して、自信なさげに優しく生きる姿に甘えてしまったのかもしれない。ごめんなさい、ベルトルト。泣かないで。



「…ごめん、名前 取り乱しちゃって」

「ううん、いいよ」
「ほら、まだまだ外は寒いよ。もう帰ろう」

「…うん」


急かすようにベルトルトは立ち上がって私の腕を引く。優しい手つきで。落ち着きを取り戻したようだったが、表情は依然として浮かない。また、謝ろうとするとそれを察したのか優しく微笑みながら「おやすみ」といってくれた。遠回しに、もう何も話すなと言うかのようなタイミングで言われたそれに、わたしもおやすみと小さく返すほかなかった。


ぎっと音を立てて中への扉を押す。瞬間、周りの木々が怒ったようにざわざわとざわめき出した。突然で異常に思えたそれ。また、それに混じるかすかな声。きっとベルトルトだろう、そう思ってぱっと振り返るも、ベルトルトは困ったように笑いながら手を振っているだけだった。聞き間違いだろうと、思った。そのざわめきに、空耳をしただけだろうと。わたしは特に気にせずベルトルトに微笑んで扉を閉めた。また今度、内地に行ったときとかにベルトルトになにか買ってこよう。彼の好物はまったくわからないけれど、今日の謝罪を、改めてしたい。様々なことを考えていた私は、私の後ろで悲痛な叫びが聞こえそうなほど顔を歪めているベルトルトには気が付かなかった。




(僕は、戦士だ)






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