わたしは彼をとても不憫な人だと思う。普段は天真爛漫、女好き、軽薄。そんなキャラを"演じている"彼の闇は深い。彼はブックマン次期後継者、らしい。世界の裏歴史をただただ傍観して記録するなんて、なかなか酷な役職だ。世界で起こっている奇奇怪怪な出来事の数々。裏歴史であるからそのほとんどは血なまぐさく、お世辞にも綺麗とはいえないものばかりである。それを、なにも手を貸さず、あくまで中立に立って見ていなくてはいけないのだ。記録するとはただそこらに突っ立ってればいいなんてものではないのだと思う。腐っても人間である彼が、先代たちが、ヒトにあるべき意思や作為、行動を殺してまでただ記録しなくてはいけない理由は何か。わたしには到底わかりえないことだった。たぶん、ラビという男もまたそれがわからず、苦悩しているようだった。それでも彼はへらへらと笑っていた。思い詰めていることをひた隠しにするように、アレンや神田たちの前では決まって笑顔を作るのだった。どうして笑うの?と聞いても、すぐにはぐらかされる。「なんのことさ?」なんていって。こんなに貴方を見てるわたしがわからないわけないじゃない。これがただの同情ではないことは明白だった。

現ブックマン氏は、時折アレン達と仲良くしているラビを呼び出している。理由はきっと、中立を守れだとか、多分そんな感じ。なにかを言われたあとのラビは決まってぐっと唇を噛み締めているのだった。ねえどうして、ブックマンとはそんなに酷なものなの。


「ラビ、ブックマンという道は、決まってるのね」

「……いきなりなんさ?名前らしくないさね」
「…ううん、なんでもないわ」


ラビと初めて会ったとき、「オレは……ラビさ。よろしく」なんてちょっときになる自己紹介をされた。妙な間が気になって、少し言及したところ、ラビのそのラビという名前は49番目の名前で、ど忘れしてしまったということらしかった。49番目。わたしよりは年上だけどあの若さで49番目の名前。もう、それだけで彼がそう平穏な日々を過ごしたわけではないとわかってしまう。いつか彼がブックマンにならずに、ここを去った時、その時はきっと彼の名前はラビではなくなっているのだろう。彼はたしかにラビなのに。ラビというひとりの人間で、みんなのお兄さんで、たしかに彼はここにいるのに。本当に残酷な話だ。そしてやがて、彼はブックマンというもはや名前すら持たない存在になって、死ぬまで記録を続けるのだろう。運命、天命、こんなひどいモノがあるならば、わたしはラビを連れて逃げて、逃げて逃げて、逃げたい。もちろん、そんなことはできないのだろうけれど。


「ラビは、ここにいるのに」


ぽつり、と口をついて出てしまった言葉。ラビの目は大きく開かれた。そんなに長い間一緒にいる訳では無いのに、わたしはラビの何を知っているのだろう。いや、何も知らない。何も知らない。


「…名前?」


いつもの作った笑顔じゃなくて、困ったように、目を細めて笑う彼がいる。もしかしなくても、混乱している。何も知らないのに、ごめんなさいと今すぐ言ってしまいたかった。


「……ありがとさね」


くしゃり、とわたしの頭に大きくてごつごつした掌が乗った。そのありがとうが、どんな意味を持っているかはわからない。けれど、なんだか泣きたくなった。ラビはブックマンという道から外れることは出来ない。ブックマン以外には、なれない。それが悲しい。まだまだ短い付き合いだったが、わたしを含めみんな、ラビのことを必要としてるのに。エクソシストとして、仲間として、確かに。抗えないということは、どれだけ哀しく罪深いことだろう。わたしでさえこんなに悲しいというのに、当人はどうなってしまうというのだ。頭に置かれた手に、そっと自分の両の手をそえる。ラビの顔は見えない。


「ラビ、わたしが守る」

「名前、」

「逃げよう」


逃げるなんて無理だった。不可能だった。しかしわたしがラビを助けるためにはそれしかないと思った。それがたとえ、世界を裏切る行為だとしても。ラビだって無理だってことはわかっていて、わたしの言葉にぴくりと反応した。が、無言。馬鹿なことを言う女だ、などと思ってるかもしれない。抗えない運命を持つ男と、世界の平和のために戦う使命を持つ女。どうしたって不毛なモノだった。どうしてラビなのか、神はどうして、ラビを選んだのか。するすると両手を下げて、代わりに数十センチ先の彼の腰にその両手を回す。暖かな抱擁だった。頭上で、ラビがどんな顔をしてるか、少しだけきになった。彼を守るには頼りなさすぎる腕が、震えた。わたしの肩を、また大きな掌が覆いわたしの身体を離した。その翡翠の瞳は、わたしの何を映しているだろう。このわたしの戯言に、狂言に、彼はいつもの人当たりの良い笑みで向き合う。そこにはいつもの軽薄さだけはなく、代わりに自嘲するかのような色が伺えた。彼はわらう。この馬鹿げた発言に。また、自分の運命に。自分の持ってしまった使命に。彼はひどく泣きそうな顔をしていた。わたしも泣きそうだった。

「ああ、…そうさね」


top
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -