わたしは掃除が嫌いだ。掃除をするという行為が、掃除という文字さえも。人から貰ったものなんてまったく捨てられないし、自分で買ったものですら捨てたくない。生ゴミ、紙くずなんかは捨てられるけれど、できることならすべてを残しておきたい。遺しておきたい。それがわたしの考えなのだ。


「はぁ…名前さん、いい加減片付けてください」


そんなわたしの楽園に立ち入ってわたしの代わりにお掃除をしてくれるのが、相棒曽良くん。相棒なんて言ったら前にお尻を割と本気の力で蹴られたけど、彼はれっきとした(自称)相棒である。
ごちゃごちゃしたわたしの楽園に埋まるわたし。それを一蹴してぽいぽいモノを捨ててくれる曽良くん。ああ曽良くん、それ捨てちゃだめだよ


「曽良くん、それ芭蕉さんがくれたウサギ」


「ああ、これウサギだったんですか?きったないボロ雑巾かと」


ひどいや曽良くん、それは、芭蕉さんがわたしを拾ってくれてから2回目の贈り物なのに。芭蕉さんは、汚くて何も持ってなかったわたしを拾ってくれた恩人なのに。ボロ雑巾と言われたウサギを見て、芭蕉さんとの思い出やウサギと過ごした記憶がどばどばと頭に流れ込んできてどうしようもなく悲しくなる。やがて耐えきれずに「ボロ雑巾なんかじゃ、ないよ」と泣き出してしまう。そう、それがあるからわたしは掃除が嫌いだ。掃除が、できない。


「…泣かないでくださいよ汚い」

やれやれまたかと肩をすくめて曽良くんがじろっと見てくる。でも悲しいものは悲しい。ものを捨てるのは悲しい。


「曽良くん、わたし、掃除がしたいよ」

いつだってわたしはそう言うのだった。掃除は嫌いだけれど、したい。しないとそのうち曽良くんに愛想をつかれてしまうから。ものを捨てられないということは、一種の精神障害らしいと、博識な曽良くんが言っていた。わざわざ医学の書物を読み漁って。いつかどこかで使えるから、もちろんそういった理由もあるのだけれど、ものを捨てることによってそのものに対する記憶や思い出までもがすっきりと消去されるような感覚になって、どうにも慣れないのだ。曽良くんはどちらかというと物欲もないし、捨てることにも淡白だ。かちかちと、まるでパソコンの写真を次々ごみ箱に入れていくみたいに、何をも厭わず淡々とこなす男だった。わたしはそれがうらやましい。でも曽良くんがわたしと一緒にいてくれる間は、わたしが捨てられないものをこうやって捨ててくれるからそれはそれでうれしい。けれど、こんなわたしが嫌いになって、曽良くんがわたしの掃除をしてくれなくなったら、それはわたしがものを捨てることと同じくらいに悲しくなることだった。


「名前さんに、掃除なんて無理ですよ」


「ええ、曽良くん」


「ええもちろん、掃除ができるようになるならそちらの方が嬉しいですけど」

「そうなりたいよ」

「でも、きっと貴方はできません」

何年も言ってもこの有り様ですし。と皮肉たっぷりに曽良くんが笑う。笑うといっても、にこにこではなくはっと鼻で笑うようなアレだ。たしかに、何年も何年も言ってくれてるのにまるで成長しないわたしに諦めを抱くのは至極当然…ではある。


「モノは、捨てたくないよ」

「そうでしょうね。でも貴方は、何が捨てられたのかまったく気づいてないです。貴方がいない間に僕が捨てたもの、なにかわかりますか」


「……」



「気づいてないじゃないですか。そんなものです、別にそのモノに執着してるわけじゃない」


すべてが的を射た発言だった。すべて当たっている。実際、曽良くんがわたしのいないところでわたしのなにかを捨てているなんて知らなかったのだ。どうせこの楽園のどこか奥底にあると、思っていた。しかしそうではなかった。わたしはものを捨てたくないというよりは、なにか周りにあって欲しいと、そう思っている節があるのではないかと疑い始める。それを気づくと無性に悲しくなった。記憶がどうのや思い出がどうのなどといっている心の隙間では、わたし自身なにも感じてはいなかったのだ。



「…ちかくになにかないと、不安になるの」

それがわたしの場合はなにか、モノだったというだけだった。曽良くんはひどく冷めた目でわたしを見下ろしている。その視線から逃げるように毛布の中に潜り込む。



「名前さん」


す、と布団越しにわたしの頭に大きな手が置かれる。すぐにわかる、間違いなく曽良くんのそれ。



「なにか、はモノじゃないと駄目なんですか」


え、と声を洩らす。それは、どういう意味。
「その部屋のものは僕がすべて処分します。本当に大事なもの以外」


ですが、と曽良くんは言葉を続ける。そろりそろり、と布団から顔を出すとやはり曽良くんはいつもの無表情でこちらを見ていた。


「僕がいるので、貴方は大丈夫ですね」

ふ、と馬鹿にしたように、けれど優しさが垣間見れる薄い笑いを向けられる。わたしは、今日からモノを捨てられそうだ。




(やっぱり掃除できる女になってください。汚いので)
(ひどいよ曽良くん)







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