みつるぎさん、みつるぎさん。

と、わたしの呟き声が響く。場所はわたしの想い人、御剣怜侍検事の執務室。大好きな、彼の部屋。大好きな彼が座る椅子に勝手に腰掛けて、くるくると回ってみる。そよそよと気持ちのいい風が吹き麗らかな輝きを放つ太陽は窓際の観葉植物をきらきらと熱を注ぐ。一日千秋、ということわざがあるように、わたしはつい一日前に見た彼の姿にもう、何年もあってないかのように錯覚していた。愛の力、なんてくさい言葉に収まるのなら、それが一番正しい。わたしのお父さんはここの検事局で働いていて、そこそこすごい?らしい。わたしにとっては自慢のお父さん。それにお父さんは、御剣検事とも交流があるらしい。いつだったか検事局内でのイベント…検事・オブ・ザ・イヤーとかなんとかいうイベントにお父さんと一緒に行ったことがある。小さな頃から検事局によく遊びに行っていたわたしに検事局内での知り合いは多く、厚く歓迎されたのを覚えている。そこで優勝トロフィーを受け取ったのがかの有名な御剣検事その人である。わたしはトロフィーを受け取る彼を見て、その横顔を見て、一瞬で恋に落ちた。一目惚れだなんて、中学生にもなって恥ずかしい。でも、それは一目惚れ以外の何者でもなかった。なんとなく遊びに行っていた検事局が、特別な場所になった革命的な日なのだ。

すぐにわたしはお父さんに言った。「わたし、あの人好きみたい」当時中学1年生だったわたしの発言に、お父さんはただの大人への憧れだと思ったのだろう、あまり信じている様子はなくお前が喜ぶならと御剣検事とコンタクトを取ってくれたのだった、かくしてわたしは御剣検事と知り合うきっかけができ、そこから数年が立ちわたしは高校生。いまだに暇さえあれば御剣検事の執務室へ通いつめている。最初、苦そうな顔をする御剣検事にお父さんは言った。「怜侍くん、きっと夢見る年頃なんです。少しばかり構ってやってはくれませんか」なんて、わたしがイトノコさんと話している後ろで小さな声で言っていた。お父さんと御剣検事は聞こえていないと思っただろうけど、わたしにはバッチリ聞こえていた。そしてその日から確信していた。これは一瞬の憧れでも、夢見る年頃の女の子の戯言なんかではない、と。

一年半ほどたったときだろうか、通いつめるわたしに御剣検事もいよいよ焦ったらしく、たまにわたしを突き放すような態度を示したことがある。でもわたしはめげなかった。年齢がなんだっていうのだ。わたしは大人な御剣検事が好きなんじゃなくて、御剣検事そのものが好きなんだ。と、はっきり言ってやった。御剣検事はものの見事に驚きはて、「うム…」と延々悩んでいた。一刀両断と言わんばかりに言い切ったその日から、御剣検事がそんなふうに突き放すようなことはしなくなった。呆れられたのだろうと思う。わたしがこんなに真剣に言ったって、どうせ信じちゃくれない。


「むう…」

随分と昔のことを思い出してしまった。なんとなくいたたまれなくなる。くるくると椅子にまたがりしばし御剣検事の帰還を待つ。今日はいつ戻ってくるのだろう。

ふいに、がちゃりと音がした。ーーー来た、御剣検事だ!
いつにもまして眉間のヒビを深くして、幾分疲れた顔をして彼がやってきた。わたしのことを一瞥したが、すぐにやれやれまたか、といったようにため息をつかれた。だけどわたしはめげない。にこにこと、自分でもわかるくらいに破顔して、御剣検事に優しく抱きつく。

「御剣検事、おかえりなさい!」

この挨拶も、もう何年になるだろう。いつ言ってもわたしは新鮮な気持ちに満たされる。だって、おかえりなさいなんて、まるで同棲しているカップルみたい。


「…名前くん、また来ているのか」

御剣検事の口からはあ、とわかりやすくため息が洩れる。ううん、その表情もかっこいいよ。
手馴れた様子でジャケットを脱いでいく御剣検事。そしてわたしは、そのジャケットを受け取りハンガーにかける。この動作は、わたしがいるときには絶対だ。はじめはちょっと躊躇っていたようだったけれど、今ではもうすっかりわたしにジャケットやらヒラヒラやらを託してくれる。存外、気持ちがいい。

「うん、来ちゃった」

「学業のほうは大丈夫なのかね?シュクダイとか」


「いやだなあ、わたし、もう高校生だよ?課題はないんだよ」

「うム…そうだったか。もう高校生か」


ふと、御剣検事を見やると懐かしそうに私の髪を梳いていた。昔のわたしを懐かしんでいた。御剣検事はいつだってわたしが成長したことを実感すると髪の毛を弄る。あきらかに、男女の間に生まれる恋慕などではない。いわば、父娘の間にあるような、そんなかんじ。つまるところ、中学生1年生から一緒にいるわたしのことをもはや一人の女とは思っていなく、厚く手をかけた娘のような、いや、お父さんがいるから、近所のよく懐く女の子なんて思っているのだ。…まあ、当然といえば当然なのだろうけど。

だけど、わたしはもちろん腑に落ちない。こんなにもはっきりと好意を示して、もう何年もつきまとっているのに、この男はまるで気づいてくれない。気づきかけたことはあるのだろうが、職業柄そのような不純…といえるのかもしれないわたしの好意は許せないらしく有り得ないと、そんなはずはないと自分の心の中に押さえつけているのだろう。


「御剣検事…」

やはり、ひどいなあと思う。気づいてくれてもいいのに。わたしは、御剣検事が好きなのと胸を張って言えるように、そして信じてもらえるように、努力してきたのに。ぎゅうっと腰に巻かれた腕の力を強くして御剣検事の匂いに包まれながら小さく呟く。この呟きは、きっと聞こえないだろう。
わたしももう高校生。中学生であるうちは仕方ないと思った、子どもであるのは本当のことだ。だから、高校に上がってからは頑張った。なんとなく、御剣検事は年上好きなんだろうと予測し、努力した。もちろん、年上になることなんて不可能だったから、まずは見た目からと大人っぽくみえるように頑張った。メイクとかは、高校生じゃまだ早いと思ったから、あんまりしていないんだけれど、髪の毛は長く伸ばしたし言葉遣いも綺麗になった。…最も、御剣検事の前では綺麗な言葉遣いになれないときのが多いけれど。大人の女性に近づくように、おしとやかに頑張った。結果、中学の友だちに久々に行き合うとみんながみんな「大人っぽいね」とか、「きれいになったねえ」なんて言ってくれるようになった。なのに、御剣検事の目からしたら全く変わってないのかも知れない。わたしのこんな影の努力も、水の泡。



「名前くん?顔色が優れないようだが」


すっと隠れているわたしの頬を探し出し、自分の方へ向かせる。その仕草も全部、心臓に悪い。

「…ううん、平気だよ」


へらり、と笑ってみせると腑に落ちないようだったが、間が悪く御剣検事の携帯が鳴った。御剣検事は、やむを得ないというように携帯を取り出し、表示された名前を見ると一瞬だけ顔をしかめた。それだけで、なんとなく相手がわかってしまう。


「失礼。……なんだ、メイ」

ああやっぱり、冥さんか。わたしの頭上で御剣検事と冥さんが話を進める。冥さんは御剣検事と仲良しの女性。なんていったら、御剣検事が口うるさく訂正を求めるのだけど、実際仲はいい。羨ましいなあと思う。わたしとそんなに年齢は変わらなかったはずなのに、わたしよりずっと冥さんは御剣検事を知っている。交流のあった期間がずっと長いのだから、当然なんだけども。

時折、冥さんの発言につっこんだり、狼狽えたり、たまに、笑ったりしてみせる御剣検事をまともに見れない。そのかわり、また腰のあたりに顔を埋めてぎゅうっと抱きつく。御剣検事は不思議そうにわたしの髪をひとなでした。ほら、そういう子ども扱い、いやだなあ。こんなに頑張って、大人なあなたに近づこうとしてるのになあ。どうしてだろう。ひと回り、ちょうど12年という差は、そんなに大きなものなのか。御剣検事のコイビトだとか、そんな風にならなくたってこの際いい。…百歩譲って。わたしは、御剣検事と同じ高さにいたいだけなのに。同じ高さから、同じものを見て、感じて、話して、ただあなたの見る世界を、わたしも見てみたいだけなのに。




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御剣(28)
JK(16)
くらいの時間軸。
続くかもしれない


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