"ねえ龍一ったら"

甘い声が電話越しに聞こえる


「ぼく、今電話してるんだけど」

"ねえ、だあれ?"

「関係ないだろ」

熱のこもった声に冷たい声が重なる。見事なコントラストだと思う。
龍一はいつもそうだ。いろんな手を使って女の子を惑わせて、自分の手のうちにいれるくせに、手に入ったらすぐ突き放す。なんて男だ。


「ごめん、名前、また電話するから」

「あ、うん…」


わたしは正直、龍一はあんまり好きじゃない。正義感が強く、いつもまっすぐで隠し事ができない。なのに彼は、こういった女に関してのことはまるで違う。どうしてだろう、とは考えるまでもない。すべては何年か前のある一件、美柳ちなみと付き合い別れたあとからおかしくなったのだ。彼女と付き合っているときの彼は変わらず、まっすぐだった。まっすぐに彼女を愛し、慕ってきたのだが。当の彼女はまったくそんな気はなく、さらには犯罪者で罪を彼になすりつけようとしたのだ。あんなにも真摯に彼女を見つめていた彼が人間不信になる気は、わかる。わかるけれど、彼はあろうことかその悲しみを埋めるかのように、他の女に手を出したのだ。やり方は巧妙だ。彼はもともと社交的でいい印象を受けるし、弁護士になってからはさらに言葉巧みになっていった。彼の話術だけで、大抵の女の人は落ちてしまう。先ほどいったように、彼は捕まえたら突き放してしまうので、逆恨み、なんてこともしばしば(と言うには些か数が多いが)ある。そして、その問題は大抵わたしにふりかかってくる、少なからず。なぜならわたしは彼と仲良し、らしいから。高校でずっと仲良しで、大学もたまたま同じ、学部は違うけれど仲良しだった。ちなみちゃんと付き合う時だって、何かとわたしが後押ししたし、事件が終わったあと彼をずっと励ましてきたのはわたしだ。そのせいか、龍一はわたしに頼る癖が抜けない。何年もたった今でさえ。今みたいになにかと電話を寄越してくる。
正直、龍一に捨てられた女の人はわたしの家に訪ねてきたり、電話がかかってきたり(しかも龍一の携帯から)でいい迷惑だ。ほんとうに、迷惑極まりない。そして、結局その夜は龍一からの電話はなかった。





▽△▽




翌日、電話が来なかったことについて考えた。たぶん、電話を切った後、龍一の気が変わって仲直りでもしたのだろう、そして二人は、また。珍しいこともあるのだな、と思う。こうやって、時々わたしから急に離れるような素振りを見せてくる。今回は電話だったからあれだけれど、本当にたまに、わたしに話しかけてこなかったり、LINEを既読無視したり、そんなことをしてくる。そんなことをしてくるから、わたしが彼のことをずっと考えてしまう羽目になるのが、正直気に入らない。


「名前!」

ふいに後ろから声をかけられる。電話越しに聞いた声よりずっと明るい、龍一の声。


「…龍一、昨日の女の人は?」

なるべく当たり障りのない言葉を選んで聞く。変に勘ぐったり、気にしてるそぶりを見せてしまうと龍一が離れてしまうかもしれない。あくまで冷静に、あなたにそんな気は無いですよというように、装うのだ。


「うーん、どこか行っちゃった」

へへ、と後頭部に手を置いて困ったように、照れたように歯を出して笑ってみせる龍一。
とても無邪気にしているが、つまるところ別れた、ということなのだろう。


「龍一、あんまり遊ぶのはだめだよ」

「でもぼく、遊んでるつもりはないんだよなあ」
なんていうか、向こうから来るんだ、なんて自分に非はないという顔でいう。
この、本当に自分は悪くないといったこの表情が、なんとも憎らしい。憎らしいけれど、憎めない。そういう奴なのだ、彼は。


「名前、なんでそんなこと?」

わたしに被害がくるからだよ、ばか。
とは口が裂けても言えない。ほんとうは、今みたいにたとえ被害がくる状況だとしても、それでもわたしは嬉しい。どんな形であれ、龍一が好きな女性たちにわたしの存在を確認させているのだから。


「…んーん、なんでもない」

わたしも、長いことこの成歩堂龍一の手のひらの上だということを再確認したようで、自嘲気味な笑みが零れた。手のひらの上だなんて、言い方が悪いけれど。でも、確実にわたしは変わる前の、高校時代一緒だった成歩堂龍一のときからずっと惹かれていたのだ。少なからず、ずっと。
捨てられた女たちはこぞって言う。成歩堂龍一はひどい男だ、と。ひどい、とは思うこともあるけれど、わたしはそれも含めて彼に惹かれ、きっと、好いている。なんて不毛な恋愛だろうか。わたしが龍一に言い寄ったら、その日から突き放されてしまうのが目に見えているのに。そんなこと、わたしが一番よく知っているのに。



「ね、龍一」


「今日、家行ってもいい?」

突き放されるのがわかっているので、わたしはこれまで一度だって龍一に自分から深入りしようだとか、ましてや家に行ってもいいかなんてそんなこと聞いたことなかった。なかったのに。
ついに、いってしまった。口をついて出ただけ。
わたしのこの言葉に、彼はなにを思うだろう。
わたしのことを、そこらへんの女と同じに思ったのだろうか。とても、怖かった。言わなきゃ良かったなんて、自分のコトバに後悔した。

ちらり、と龍一を盗み見ると、彼はあんぐりと口を開けていた。呆れている表情なのか、失望の色なのか、ただの驚きなのか、わたしには到底わからない。けれど、微かに、ほんとうに微かに喜びの色が見えた気がした。見間違い、なのだろうか。
じっとしているのが苦痛で、しきりに髪に触れたり、目を泳がせたり、足の位置をずらしたり、落ち着くことを忘れてしまったようにみじろぎをする。

それでも何も言わない龍一に、わたしはいよいよ不安になってやっぱり取り消し、と言おうとした。言おうとして、顔を上げたら、龍一が、今まで見たことないような、とても嬉しそうなそんな表情をしていたのだ。いや、この表情は、思い出した。この表情はあのとき、ちなみちゃんと付き合っていたときのあの表情…だ。だめだ、そんな顔をされては。いくらわたしでも、期待してしまうのに。
そんなわたしの気持ちとは裏腹に、ずんずんと歩みを進めてくる龍一。その嬉しそうな顔で。龍一は手玉にとった女はぞんざいに扱い、捨てる。そんな男が、明らかに好意を持っているとわかる言葉をかけられて、こんな表情をするなんて。これは、ほんとうにわたしは期待してもいいのかな。ずっと長いこと続けてきた、この関係を、終わりにしてもいいのかな。少なくとも、終わりにするような出来事に繋がっていると、そう考えてもバチは当たらないかな。
ついに彼との距離が30cmほどになったとき、わたしの両手をぎゅうっと温かく大きな手のひらで覆われた時、わたしは確信する。ああ、わたしにバチは当たらない。



「モチロン!」





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気を引きたくての行動だったら滾りますよね


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