らーいんっ
「(あ…返信きてる)」
手元にはとっとっ、と軽いリズムでタップされ文字を踊らせるiPhone。開いているのはLINE。相手は…同じクラスの影山くん。
なぜ一匹狼と評される影山くんとLINEなんかしてるのかというと、わたしにもよくわからない。
いちおう、同じクラスで、席も近くなったことはある。けれどどうしてこんなにLINEが続いているのかというと明確な理由は不明である。
ことの始まりは三ヵ月前まで遡る。べつにどうということではないけど、ひょんなことからわたしがバレー経験者だということを知ったようで、わたしは影山くんにマネージャーやらないかなんて勧誘されていた。日向くんにも。そういえば前にはすごく美人なマネ先輩?も来てくれたなあ。まあそんなこんなで、マネージャーやってくれというLINEから約三ヶ月。丁重にお断りしたはずなのになぜかまだ続いている。
わたしはもともとLINEを自分から終わらせるのが苦手で、相手がずっと続けるタイプならそのままだらだらと続いてしまうのだが、影山くんももしかしたらそういうタイプなのかもしれない。意外だ。影山くんなんて、いつも怖い顔してるし、こういう馴れ合いには興味ないものだと思っていたよ。マネージャーの話を断ったのはわりと序盤のほうで、最近は専らバレーの話、チームメイトの話、試合の話、そして愚痴。そんなやりとりが続いているのだ。
「(また日向くんなにかやらかしたのか、)」
ちなみに今の会話は日向くんに関することだ。基本ができてないだとか、グズだとか、新しい速攻技がやりたいのにうまくいかないだとか、そんなこと。
ずけずけと悪態をついているのに、無機質な文字からは日向くんへの信頼が伺えて、くすりとわたしは笑った。
そして、影山くんは大抵毎日LINEを返してくれる。合宿中でも律儀に返してくれる。たぶん、1日に4、5回くらいしかやりとりしないから、そんなに負担にならないのかななんて思うけれど、やっぱり気になるものは気になる、なんていったって合宿。おそらく、強化合宿。わたしなんかとLINEしてていいものなのか、しかし、合宿であったという事実は大抵合宿が終わったあとに聞かされるのだから、なんかもうどうしようもない。
そういえば、どうしてこんなにLINEしてるんだろう。
考えたことは何度もあった。同じ学校で、同じ学年で、ましてやクラスも同じなのに毎日LINEしている。クラスでは話すことなく。なんだか奇妙な関係だ。と、いっても、緊張しいなわたしから影山くんに話しかけるなんて毛頭無理なのだけれど…。
らーいん、なんてまた間抜けな通知音が流れる。今日はなんだか返信が早いなあ影山くん。
浮き足立ちながら画面を開くと、なんとなく返信が早い理由がわかった。
"悪い、明日から大事な合宿だからLINE切る"
"おやすみ"
そういえば、東京まで行って強豪校と合宿するんだっけな。影山くんが言っていた。そりゃそうか、そんな大切な強化合宿なんだもん。こんな直前までLINEしてくれなくても、よかったのに。
始まったからには終わるときがくる、そんな当たり前のことだったのに、なんとなくわたしは残念な気持ちになった。1日に4、5回とはいえ、毎日の習慣になりつつあったこの関係。こんなスマホひとつで終わってしまうこの関係。近い位置にいるのになんだか遠いなあ、なんてポエムみたいなことを思う。
わたしはそのぶっきらぼうな文に、"合宿がんばれ、おやすみ"と送る。にこにこ顔の顔文字つきで。
ふう、とため息をついた。
返信が来ない時間なんて慣れっこだったのに、もう来ないとわかるといつもより重く、長く感じられた。ちょっとした虚無感というやつだ。
たぶん、わたしからLINEを送ることはないだろうし、マネージャーを断った以上、影山くんもLINEする理由はない。約三ヶ月前と同じ、ただのクラスメイトに戻るのだろうか。
その日はなんとなく寝なかった。寝れなかったわけではないのだけど、ただなんとなく起きていたかった。
影山くんとLINEが終わった数日後、学校だ。影山くんが、クラスにいる。そう思っただけで、なんとなく心が軽かった。話すわけでもないのだけど。
いつも登校するのが早いわたしは、いつものように朝早く登校する。からから、と誰もいないであろう引き戸を控えめに開けて教室に踏み入る。
「…あ」
誰もいない、それは大きな勘違いだった。いつもならいない朝の教室に、なんと影山くんがいたのだ。自分の席で、眠りこけている。合宿の疲れだろうか、わたしはどきどきしながらも足音を立てないようにそろりそろりと自分の席につく。
瞬間、がた、と机を揺らしてしまった。しまった、と思った時にはもう遅い。すこし身じろぎをしながら影山くんが起きてしまった。なんてこった。心の準備ができていない。
「……」
いかにも寝起きというような表情で影山くんに見つめられる。影山くんは何も言わない。寝ぼけるのか?どちらにせよ、その空間はなんだかとても微妙な空気が流れていた。
「…あ」
やっと覚醒したらしい影山くんか小さく声をもらす。先ほど、影山くんを見つけたわたしのように。
「苗字、お、オハヨウ」
ぐぐぐっと顔をこわばらせて影山くんがわたしに挨拶をする。え、なんでだろう、すごくガン飛ばされてるみたい。
「お、おは、おはよう」
ほぼほぼ話したことない影山くんとの会話。LINEではなんてことなく話せてたのに、本物の前だとダメらしい。なんだかとてもキョドってしまった
恥ずかしさを埋めるようにあわてて椅子に腰を下ろす。
やはり流れるのは先ほどの微妙な空気。
なんて気まずい。はやくだれかきてくれ。耐えられそうにない。
居心地が悪く身を縮こませているとなぜか影山くんが席を立ってこちらに向かってきた。え、まって、なぜ。
「…これ」
ずい、と突き出されたのはスマートフォンの画面。えっと思いつつ画面をのぞくと、変顔をしている坊主の人とメッシュいれてるような髪の人。その横で笑い転げてる日向くん。その後ろには…な、なんとなく見たことあるけど眼鏡の人と黒髪の人、が絶妙な顔で坊主さんたちを見ている。なんだこれは、そうとうじわじわくるぞ。
「な、なに、これ…ふふっ」
そのえげつない変顔と眼鏡さんの蔑んだような表情でやられた。思わず笑ってしまった。
「合宿んとき、撮った」
わたしが笑ったことでほっとしたのかなんなのか、すこし表情筋を緩ませて影山くんが言う。面白いからいいのだが、なぜ影山くんはこの写真をわたしに…?日向くん以外面識ないのだけど
「LINE、急に終わらせちまったから、おみやげ」
少し照れてるらしい影山くんはスマートフォンの画面をさらに近づけてくる。もはや目と鼻の先だ。近い、近いよ影山くん。
「あ、ああ、そうなの。ありがとう、合宿お疲れさま」
へんなところで気を遣う影山くんが面白くて、笑いながら答える。影山くん、君は優しい人だな。わざわざおみやげだなんて、LINEなんて気にしなくてもいいのに
「また、LINEする」
小さいけれどはっきりと聞こえたその七文字の言葉に、わたしは驚く。驚いて、嬉しかった。また、影山くんとLINEができるなんて。きょうはハッピーデイなのだろうか、いつもよりすこし早く登校してよかった。
「わ、ありがとう、わたしもするね」
できたら…とその付け足しは心の中だけにとどめておこう。とにかく、またLINEができるということがうれしかった。
影山くんも、話してみたら全然怖くない。いや、怖くないのはLINEでわかってたことなのだが。直接、話せる。影山くんとは。うれしい、素直にそれだけだった。
そのあと、わたしと影山くんはしばらくの間笑談した。LINEのやりとりそのままだった。近いけれど遠いと思っていた距離が、一気に近くなったようだ。他のクラスメイトが続々と登校してくるまでの数十分、体感的には数分だったけれど、その時間が楽しい。はじめての、仲良さそうな会話。クラスメイトが登校してくると、自然とわたしと影山くんは離れたが、その日はよく影山くんと目が合った気がした。わたしは、今日の夜からずっと彼からのLINEを楽しみにしている。
LINEからはじまる関係、いいかもなあ。
---
いつのまにスマホになったんでしょうねえ
top