「(…あ、ジャン、またミカサのこと見てる)」

「(そういえば、街に行っても髪色の暗い女の子ばかり見てるなあ)」


恍惚とした表情で。それがなんだか不満だった。ジャンとずっと一緒にいたのはわたしなのにな。
ミカサの一挙手一投足にいちいち反応しているジャン。どうせ、相手にもされてないのにな。

かくいうわたしの髪色は白よりの金髪。父譲りのこの髪色と母譲りの色白で、わたしはわたしがあんまり、すきじゃなかった。いじめられることも多かったから。そして、ジャンは黒髪に恋してるから。

わたしの髪、どうしてこんな金髪なんだろうな。
ミカサみたいな、せめて、サシャみたいな暗い色だったら良かったのにな。


「それでよ、マルコの奴が…」

味気のないスープと硬いパンを咀嚼しながら、ジャンは楽しげに友人のことを話す。わたしの向かいの席で。一見楽しそうにマルコくんのことを話しているようだけど、それでもジャンは心ここにあらず、わたしの背中の方にいるであろうミカサを気にしている。たぶん、無意識に。いつもわたしは向かいの席だからよくわかる。ジャンの目線が揺らぐのが。

ミカサは好きだ。強いし、ちょっと無愛想だけど、やさしい。エレンくんとかジャンみたいに強くないわたしにもよく立体機動を教えてくれたりして、とてもいいお姉さんだ。ミカサとジャンがくっつくのは、それはそれでいいと思う。
(たぶん、そんな日は来ないけれど)

でも、ミカサを、ミカサの黒髪を見つめるジャンの目つきだとか、そういうのを見ているとちょっと胸のあたりがちくりと痛む。いいなあ。

「オイ、名前聞いてんのか?」

怪訝そうな顔をしているジャンにわたしは聞く。

「ジャンってさ、ミカサが好きなのか、ミカサの黒髪が好きなのかわかんない」

みんなはジャンはミカサが好きだなんていうけれど、わたしからしたらその綺麗な黒髪が好きなように見える。ジャンは一瞬目を大きくしたあと、気まずそうに目をそらした。

「…あー、なんだろうな。」

たぶん、髪の毛、と曖昧に答えるジャンにやっぱり、と思った。
たぶんこのことはわたししか知らない。ジャンが黒髪に恋していることは、わたししか知らない。それがなんだか嬉しかった。長い付き合いのなかで、わたしだけが知ってるジャン。それが増えていくのがどうしようもなく嬉しかった。

「わたし、黒髪になりたいなあ」

自分の目立つ髪の毛のひと房をいじりながら、ぽつりと呟いた。あんまり、深い意味はなかった。なかったのだが、言ったあとで気づく。これじゃあ、ジャンに好かれたいっていってるようなものだ…。
ぽろりと、それは自然に口に出た言葉だった。

「お、お前…」

幼なじみ、むしろ兄妹のようなわたしからの突然の告白(めいたもの)。ジャンが言葉に詰まるのは当たり前だった。


「な、なんでもないよ」

恥ずかしさを押し殺すかのように、いそいでパンを咀嚼する。ほっぺたは赤いまま。ジャンも、赤いまま。
おかしいな、わたしってジャンのこと好きなのかな。ミカサとくっつくのは、いいことだって思ってたのにな。


「…あしたの最初、座学だったっけ、またノートみせるからね」

取り繕ったように話をそらすと、やはりジャンは怪訝そうな顔をする。何か言いたげだ。でもたぶん、ジャンは困ってる。わたしのことを妹などと思っていたのだから。
なんとなく居づらくなって、半分ほど残ったスープとパンを片付けに席を立とうと両手をついた時、左手の甲にジャンのおおきな手のひらが重なった。

「俺、好きだぜ」

しん、とあたりが静まったように思えた。実際、静まったのかもしれない。あまりに突然の告白(めいたもの)にわたしも戸惑う。なぜか、ジャンも。
なんでだろ、とおもったら、「かっ髪の毛がな!」なんて必死に付け足されてしまった。かみのけ。髪の毛かあ。びっくりした。

「…なんだあ、髪の毛か、びっくりさせないで」

ジャンとしては、妹を褒めるように、むしろペットを褒めるような軽い気持ちで言ったんだろうと思う。たぶんジャンは、わたしにだから言ってくれた。ずうっと長くいるわたしだから。他の人には絶対言わないだろうな、なんて思うとやっぱりわたしは嬉しくなった。

「…お、おう」

ジャンのほっぺたは赤い。本気で照れてるようで、やっと引いてた恥ずかしさを引き戻された感じだった。

そのあとはふたりで食器を片付けて、いつものように消灯までふたりで過ごした。話すことはやっぱりマルコくんのことだったり、死に急ぎ野郎(おそらくエレンくん)のことだったり、いつもと変わらなかったけれど、しきりにわたしの長い髪を梳いていた。そっと触ったり、撫でてみたり、指に絡ませてみたり。どうやら彼は、行動に示さなかっただけでわたしの髪の毛にも恋をしているらしい。わたしはぼんやりと、この髪に生まれてよかったなあなんて考えた。いい思い出はあんまりなかったけれど、いじめられてたときはいつだってジャンが助けてくれたことを思い出す。「名前の髪は綺麗だ!」っていつもいじめっ子たちに言ってくれてたな。きっとわたしは、わたしの髪を綺麗だと言ってくれるジャンがとても好きだった。でもいまは、ジャン自身がとても大好きらしい。黒髪、というより髪の毛に恋する男の子なんて、ジャンは相当変わってる。そんなところも含めて、わたしはジャンが好きなのだ。いつかジャンが、わたしのこの髪の毛じゃなくてわたしのことを好きになってくれたらいいなあなんて、思う。





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