×夢といっていいか怪しい




暑い夏の日。じりじりと照りつける太陽。例年よりも少し遅めの梅雨が明け、初夏さえも過ぎて暑さが安定してくる夏である。外を歩く人はみんな揃って団扇、扇子、多種多様な暑さを凌げるものを持ち歩いている。そんな中、検事局きっての天才検事と謳われた男は一人公園の近くの粋な喫茶店で紅茶を楽しんでいた。無論、仕事をこなしながらである。

「(…暑いな)」

室内は冷房が設定されていて涼しいが、外を見やるとどうにも暑さが自分にも伝わってくるようだった。落ち着いた雰囲気の喫茶店ではチェーン店などと比べるとずっと静かで、喧騒などは聞こえない。聞こえるのは、ガラス窓を通して鳴き続ける蝉の声だけだった。


糸鋸刑事に持ってこさせたであろう資料を片手に、眉の間のシワを増やす。さしずめ情報整理といったところである。ふと、御剣怜侍は気づいた。急に蝉の声がやんだことに。しん、と静まり返ったように感じる室内。このことに気づいたものは、そう多くはなかった。いつもならこんなこと気にもとめないのだが、男はちらりと外の方を見やった。相変わらず外は暑そうな人で溢れている。そんな中、目を引くものが見えた。もの、といっては語弊が生まれる。つまり、人である。

「ム…」

人の流れに流されず、ただぼんやりと背の高い木を見上げる少女…否女性がいた。御剣の位置からでは顔はほとんど見えなかったが、長めの黒髪を鬱陶しそうに背中に流し、日傘をさした少しだけ異質な女性。蝉の止む声と一緒に、御剣怜侍の視界ではそのときばかりは全ての時間が止まるようだった。どれくらい眺めていたのかはわからない。時間にして数秒のことだったかもしれない。その間、何故か御剣は目を開けたまま、まばたきすることも忘れたまま、その女性を見ていた。

ぱん、と弾けたように振り返った。その女性は周りにたくさんの人がいるにも関わらず御剣怜侍のことをじいっと見つめてるように見えた。その間も人々は彼女を横切って歩いていく。彼女の口元が、少し動いた気がした。

瞬間に、一気に騒がしくなる外の音。蝉が一斉に鳴き出したのだ。いきなりのことに少し驚いて、思わず周りを見渡す。じわじわ、じわじわと暑さがまた滲んでいくようだった。
視線を戻すと既に女性はいなかった。最初からいなかったかのように、ぱたりと姿を消したのだ。それは夢か現か御剣にもよくわからなかった。

「蝉時雨、か」

どこかで聞いたことのある言葉だ。ちょうど今のように、時雨のように降り出す蝉たちの音。暑い夏の日にたった数秒だけ、不思議な体験をした。現実ではなかったのかもしれない。それでも、嗷嗷と鳴る蝉の声に先ほどのような不快な気持ちはなくなった。代わりに、なんとなく落ち着くような、涼しげな夏を感じられるような、そんな気持ちになった。


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先日の実体験です。
蝉時雨というと、蝉の声も風情のあるものになります。


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