「あべー」

「阿部阿部〜」

「あべべん」


「うっせえな!んだよ」

あ、やっとこっち向いた。このたれ目に反して釣り上がった眉毛をさらに釣り上げて、迷惑そうに眉間にシワを寄せる男は何を隠そうわたしのクラスメイト、阿部隆也くんである。いっつも不機嫌そうな顔して、野球野球野球、そのまた野球といったように一日の大半を野球のことで埋め尽くしてるような男なのである。キャッチャーのくせにピッチャー虐めるし、なんか指図ばっかしてちょーうざそうだけど、なかなかどうしてこの男をいじるのはかなり楽しい。今だっていつも私の呼びかけに無視してくるから名前で遊んでいたまでである。

「やだーあべべん怖い」

わざとらしく茶化すとあからさまに変な顔をする阿部。壮大に舌打ちをして頬づえをつく。友達のサキちゃんとかは、阿部隆也怖いって言って近づかないけど別にそんなことないと思う。せいぜいキャンキャン吠えるチワワだ。すぐぶすくれる仕草も、よく見たら可愛いと思う。

「何の用だよ」

「別に用事はないんだけど。」

ちっ、と舌打ちをしてまた不満の色を浮かべる。かーわいい。実は私は結構阿部隆也が好きである。もうわかるか。これが恋愛の方なのかはちょっとわかんないけど、すくなくとも野球してる姿も、クラスでの姿も、なるべく長く見ていたいなあとは思う。

「名前、うぜえ」

そういえば最近気づいたことなんだけど阿部は女子の中で唯一私のことだけを名前で呼んでる気がする。それがなんだって話なんだけど、なんだかくすぐったい。
うざい、といわれてもにへらと笑う私に不審そうな顔をする。

「阿部ー」

私の呼びかけには応じない。

「阿部ったら」

ワイシャツの裾をきゅっと引っ張っても振り向いてくれない。

「隆也!」

後ろからぺち、と両の頬を叩くと、やっと振り向いてくれた。顔はリンゴのように真っ赤っか。
ぱくぱくと金魚みたいに口を開けて、大きな目をさらに大きくして、いつもは釣り上がった眉毛を上へ上へ持ってって、かわいいな。

「お、おま、」

名前。と小さく呟かれた声には聞こえないふりをした。何でもないように振舞ったけれど、名前を呼ぶって緊張する。阿部とはそんなに浅い付き合いでもないのに、柄にもなく緊張した。

「何でもないよ、阿部」

二回目の名前を呼ばなかったのは何となく。うそ、恥ずかしかったからだ。思いのほか顔を赤くさせて、そんな表情されてしまったら、こっちだって恥ずかしい。顔をまだまだ赤らめながらも、うぜえ、と言いながらまた頬づえをつく阿部が、すごく好きだ。


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