「なー苗字」
とんとん、とわたしの肩をつついてきたのはわたしの後ろの席の田島くん。
田島くんは野球部で、身体は大きくはないけれどたくさん活躍してる。(らしい)
わたしは野球とか、よくわかんないからクラスメイトの話を聞くくらいなんだけど、いつもよく通る声で他の友達と話してるところをよく見る。そしてそのちょっとした有名人の田島くんは、後ろの席になった途端わたしにかまうようになった。そう、こうやって今みたいに。
「どうしたの、田島くん」
いまは古典の授業中なので、後ろは振り返らずにちょっとたけ顔を傾ける。いひひ、と田島くんの笑い声が聞こえる。
「ここ、キンパツいる」
ぴん、と髪を引っ張られる感覚。え、と声を漏らした。キンパツって、金髪だよね。そんなものあったのだろうか。黒い髪の毛に混ざったひとすじの金色を、田島くんはまじまじと眺めているようだった。
「やだ、白髪?抜いてよ」
「えー?これキンパツだよ」
くるくる、と髪の毛を指に巻き付けてあそび始める彼。先生は真面目に授業をしてくれてるというのに、この男は。くるくるとする指は止めずに、いじられる。
「なにしてるの?」
「ちょうちょ結び。見て。」
痺れを切らしたわたしがくるりと振り返ると、やっぱりあのにかっと笑う笑顔。見て、といわれてもわたしの髪の毛の長さじゃ自分では見えない。それでも、彼が今暇なんだろうということははっきりと受け取れた。
「もう、授業中だよ。田島くん、いつもは寝てるのに」
そう、彼は授業の殆どを寝ている人、だと思う。断定できないのは、今まで席が遠くて田島くんを見ていなかったのと、友達が話してたことを聞いていたからだ。田島は勉強しないでずっと寝てるんだよね、と言っていた言葉が懐かしい。しかしどうだろう、田島くんは最近全く寝ていない。少なくとも、わたしの後ろの席になってからは。寝息なんか聞こえないし、かといってシャーペンの音も聞こえない。彼はわたしの後ろでいつも何をしているのだろう。
「おれ、寝てないよ。苗字の後ろになってからな!」
よく通る田島くんの声はしんと静まった教室によく響いた。気がする。
先生もこちらをちらり、と見たし、近くの席の人も心做しかこちらを見て笑ったように見えた。
ちょっとだけ意味深な言い方をする田島くんに、ざわざわと胸のあたりが変だった。
「そう、なんだ」
「気づいてた?おれ起きてるもんね」
へへ、とはにかむ田島くん。いつの間にか髪の毛をいじる指は止まっていて、するりと髪の間から抜けていった。その指に、すこしだけさみしいと思ってしまった。
ううん、知らない、と嘘っぱちを言う。すると田島くんは目に見えて拗ねて、唇をつんと尖らせた。
「なんだよ、気づけよ」
そういったところでチャイムが鳴った。先生が席を立ち、生徒も席を立ち、ざわざわと喧騒が聞こえる。
遠くで田島くんを呼ぶ声がして、田島くんは席を立つ。たかが10分の休み時間が、長く感じる。
3歩目を踏み出したところで田島くんは踵を返した。
「あ、キンパツなんてねーから!」
「苗字の髪の毛触りたかっただけ!」
また、よく通る声。一瞬意味がわからなかったけど、ほっぺたが熱くなった。田島くんって、直球だ。
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