「…弓彦くん」
「な、なんだよ!話しかけるな!」
「えぇー…」

ちらりとこちらを睨み、ぷいっと顔を逸らしてしまった彼、一柳弓彦くん。一体どうしてこうなったのか、理由は実に明瞭である。さっき。ついさっきわたしがある失態をしてしまったのだ。失態といっても、検事局内でたまたま会った御剣検事と談笑していただけなのだが。わたしの恋人である彼はそれをどこからか覗いていたらしく、まあ、このざまだ。ほんとにこの少年は…、と頭を抱えたくなるのも無理はないと思う。ちょっとヤキモチしいな弓彦くんはこうやって度々いじけるのだから。さっきから話しかけてもこんな感じ。まるでのの字を書くかのようにじめじめとした空気を漂わせていてもうキノコが生えてきそう。

「弓彦くんてば」
「……名前は、」

何度目かの呼びかけに、さきほどとはすこし違う返答。お?と思い弓彦くんをみやると、目に涙を浮かべてこちらにガン飛ばしてる。…え、こわい。

「名前もどうせ年上の男のがいいんだろ」


ぐっと歯をかみしめて泣くのを我慢している弓彦くんの言葉に、はあ、と心の中だけでため息をつく。…まただ。彼は、自分が年下ということもあってか、時たまこうやっていじけてくるのだ。いや確かに御剣検事は自他共に認めるデキる男だし、顔もかっこいい。背も高い。たしかに申し分ない方ではあるけれど…。

「…もう、弓彦くん」
「……」
「わたしが好きなのは弓彦くんだけだって」
「……ホントか?」
「ホントホント、御剣検事なんて眼中にもない」

何度目かの文句に、また何度目かの慰めをする。もう何度も言ってきたことなのだからそろそろ理解して欲しい。そしてまた、彼はわたしの言葉に目に溜まった涙を零さないように自信満々に笑うのだ。いつもみんなの前で見せるあの笑みを。あー、かわいい。ほんとうにかわいい。そのわたしよりもずっと高い背をそっと抱きしめてやる。彼は本当にめんどくさい男だ。すぐいじけるし、馬鹿だし、すごく子ども。けれど、そんな彼が本当に好きなのもまた事実で、何度同じことでいじけたってこうやって許せてしまうのだからわたしは思ったよりもずっとずっと弓彦くんに溺れているのだと思う。

「弓彦くん、かわいい」
「オレはかわいくないぞ!」
「いやかわいいよ、馬鹿かわいい。ばかわいい」
「名前!オレは一流だ!」
「はいはいかわいい」

そしてこうやって、仲直りしたあとは大抵わたしが彼のかわいさのあまりこうやって褒めあげる。ぷんすかぷんすか怒っているところもかわいい。やっぱりうちの弓彦くんは天使だと思う。
以前誰だったかに、苗字はあんまり一柳検事を好きではないのではないかというウワサが流れたことがある。おそらくは、いつもわたしがポーカーフェイスを貫いているからなのだろうが、その事件には弓彦くんも相当傷ついていたらしく、すごく大泣きされた。それはもう、大泣き。水鏡さんはもちろん御剣検事まで巻き込んでしまったあの事件を、わたしは絶対に忘れない。まあポーカーフェイスなのだから、そのウワサはもちろん本当ではない。むしろわたしは彼がかわいくてかわいくて、好きで仕方が無いほどなのだ。褒めちぎるとまた拗ねたように照れるところもかわいい。つまるところ、わたしの弓彦くんはかわいい。

「弓彦くん、すき」
「な、なんだよ」

ふわふわの髪をなでつつ、その体をきゅっと抱きしめる。もちろん彼は照れるけれど、嫌がるような仕草は全くしない。滅多にいわないわたしからの好きは、弓彦くんを大いに照れさせる。布越しに伝わる体温の高さがいとおしい。

「名前、今日は甘えただな!」

ふん!と自信に満ち溢れた嬉しそうな顔。弓彦くんはわたしを年上好きとかいうけど、実のところわたしは年下好き…というよりも弓彦くん好きだしいちおう年齢差を気にして、周りにはクールを気取っているだけなのだ。ふたりのときにしか、わたしは素を見せない。そりゃあ付き合った当初は弓彦くんも絵に描いたように照れまくっていたけれど、最近はこんなわたしに慣れてしまったのかあんまり照れることもなくなってしまったのが少し悲しい。

「…あー、弓彦くん、かわいいすき」
「……言いすぎだぞ」
「あ、照れた?」
「うるさい!名前のばか!」

ひっつき虫のように弓彦くんの部屋でくっつくふたり。この状況を誰かに見られたら、それこそわたしは局内でショタコン(3歳ほどしか離れてないが)のレッテルが貼られてしまうのではないか…。まあ、このかわいい弓彦くんと付き合ってるだけでもうなんか、そうなんだけれど。

「弓彦くん、好き」
「…さっきも聞いたぞ」
「好きだよ」
「オ、オレもだからな!」
「おれも、なに?」

言わなくても好き好き言ってくる弓彦くんに、わたしから好きと言わせるのはすごく楽しい、と思う。だって弓彦くんすごく照れるし。普段あんなに言ってるのに。予想通り顔を真っ赤に染め上げた彼のほっぺたが、ちらりちらりとゆれる。突然、後ろからわたしが抱きしめていた形から、ぐっと離されて真正面からぎゅっと抱きつかれる。顔は見えないけれど、きっと弓彦くんはあの可愛らしい顔を熟れたリンゴみたいにしていることだろう。

「す、すきだ」

ちいさく耳元でつぶやかれた言葉が、わたしの胸をぎゅうっと締め付ける。ああ、やっぱりうちの弓彦くんちょうかわいい。


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大変長らくお待たせいたしました。弓彦くんです。ちょうかわいい。


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