わたしの好きな人は、ちょっと怖いけどとても優しい人です。
中学2年生の冬、少し前にわたしの家の近くで捨て猫を見つけてから毎日毎日通っていたわたし。わたしの家じゃ飼えないから、友だちみんなに掛け合っていたあの日。その日は雪が降っていて、こんななかじゃ死んじゃうだろうと毛布片手に夜道を歩いていた時だ。わたしは見てしまったのだ。あの、ここらじゃ一番だと有名な不良の彼があったかそうな(しかも柄可愛い)毛布をあの子猫に掛けてやっているところを。その横顔はすごくやさしくて、うっかりわたしは一目惚れ…ではないのだけど心にグッときてしまった。怖そうな人が子猫を世話するだなんて、なんてあるあるな展開なのだろう。

その日からわたしは学校や街で彼を見つけることがあったらすぐ観察していたし、彼と仲良しの千石くんにも情報をわけてもらったりもした。千石くんは終始「俺にしときなよ〜」なんて軽口を叩いていたけれど。かくしてわたしは1年ほどの時間をかけてやっと彼、亜久津仁くんと普通に話せるまでになったのである!

「あっ…名前、あの人いるよこっちめっちゃ睨んでる…」

友だちのマミちゃんにそう言われ、ぱっと振り返るとやはりいるのは仁くん。わたしは文字通り目を輝かせた。

「仁くーん!おはよう!今日は学校来たんだね!」
「あぁ…?テメエ朝っぱらからうるせーんだよ」
「ごめんごめん、嬉しくって」

「名前って毎回毎回すごいよね…」
「うん、怖いもの知らずだよね」


わたしが仁くんとの会話を楽しんでる後ろで呟くマミちゃんとツカサちゃん。いやだなあツカサちゃん、仁くんは怖いものじゃないんだよ。1年もかけたわたしの亜久津仁と仲良くなろう大作戦は思いのほか幸をそうし、仁くんはここまで普通に話してくれるようになったのだ。無視され続けたあの日々が懐かしい。仁くんはタンシャ?の鍵を片手にだるそうにしていた。きっといま登校したけどもう帰るのだろう。

「仁くん、帰るの?」
「わりーかよ」
「ううん、わたしも帰ろうかなって」
「あぁ?ついてくんな」

すごい顔で睨む姿も、「お前はちゃんと授業出ろ」という勝手な脳内変換(あながち間違ってない)ができるから不思議だ。もう仁くんの心はわりとよくわかる。彼は言い方がきついけど優しい。仁くんの言葉にわたしはにんまりとする。

「やだよ、ついてく」
「気持ち悪ィな」
「仁くんの家の近くのケーキ屋さん行きたいなあ」
「……」
「モンブラン食べたいかも」

仁くんはびっくりするほどモンブランが好きだ。ギャップというやつで、ほんとうかわいい。そして、仁くんはどんなにわたしのことを煙たがってもモンブラン食べようというと大体断らない。ほら、今だって無言になってるし。…あ、歩いていっちゃった。今日は失敗だったかな、もうあのお店は行っちゃったのかもしれないや。そう残念そうに肩を下ろすと、わたしの見つめていた背中がゆっくりと振り返った。

「…テメエ早くしろよクソ女」


その言葉を待ってたよ仁くん!やっぱり仁くんは優しいし、罵倒してるところも愛情の裏返しだ!わたしは嬉しくなって、うん!と勢いよく返事をすると後ろの方にいたマミちゃんたちに早退する旨を伝えて手を振った。マミちゃんたちがすごく微妙そうな顔をしていたみたいだけどわたしには見えなかった。なんていったって仁くんとモンブラン!わたしはこうやって仁くんとお話ししたいとずっと思っていたのだ。たとえそれがモンブランのためだけであっても、この瞬間のために生きていると言っても過言ではない。

「仁くん、わたしやっぱりショートケーキの気分」
「何にもわかってねェな」
「仁くん、友達になれてよかったよ」
「テメエとダチになんかなった覚えねえよ」
「……はっ!もしかして恋人?!」
「殺すぞ」

舌打ちをしてそっぽをむく仁くん。わたしよりずっと大きい身長には、わたしよりずっと大きな歩幅がつきものなのに、わたしと歩くときはいつだって1歩だけ前という距離にしてくれる。そういうところなのだ、わたしが仁くんを好きな理由。正直、仁くんの良さをわかってないみんなはもったいないと思う。…まあ、こんな仁くんの優しさを知る女の子は仁くんママとわたしだけでいいんだけど。

「仁くん、好きだよ」

もう何度目かもわからない告白をいつだって仁くんは無視をする。いまも無視。だけどそれでいいのだ。わたしと仁くんはこんなものでいいと思う。たぶん仁くんもわたしのこと嫌いじゃないと思うし、いや嫌いだったらすごく悲しいんだけど。仁くんは必要以上に触られるのがすごく嫌いだから、ポケットに入れられた腕に絡みつくのではなく袖をちょこっとだけわたしが掴む。これがわたしと彼の、手の繋ぎ方。ふと見上げた先にはいつもの機嫌の悪そうな顔だったけど、振りほどかないあたりやっぱりわたしのこと嫌いじゃないんだなと思う。そしてわたしは意気揚々と、ケーキ屋さんまでの道程を歩くのだ。そんなわたしに、仁くんはふっと笑ってくれる。人を馬鹿にしたようなやつではなく、ちゃんとした優しい笑顔。ああ、やっぱりわたしの好きな人はちょっと怖いけど、優しい。


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