「名前!今日こそオレと結婚してくれ!」

おかしい、わたしはいつも通り検事局で雑務をこなしていたのに。いきなりばああんと激しい音を立てて扉が開かれ、第一声にプロポーズされるなんて。サッと素早くデスクの下に隠れるも無駄らしい。先ほど熱い愛のプロポーズをしてきた男の子、一柳弓彦くんが私を見つけるなりすばやく私の両肩をつかんできた。まわりの同僚からは哀れみの目。「またイチリュウ検事の愛の告白だよ…名前さんも大変だね」なんてちょっとまて、大変だと思うなら止めて欲しい。わたしより3つほど年下の一柳くんに入所したての時からどうやら好かれたらしい。おかしいなあ、一柳くんと顔を合わせたの最初だけだったのに、何故か次の日から付け回されてるよ。


「なあ名前?聞いてるのか?」
「う、うんわかった…きいてる、から」

掴んだ両肩をぐわんぐわんと揺らし始める。強い、力が強いよ一柳くん。なんかもう白目を向いて倒れそうになっていた頃、救世主という名の水鏡さんが現れたのだ!神!天使!まさに神の祝福!水鏡さんは慌てて一柳くんをわたしから引き剥がしてくれる。助かった。

「弓彦さん、名前さんがとても困っていますわ。そのような行動は慎みますよう」
「お、おう!そうだな!大丈夫か名前!」
「ああ…うん…大丈夫」

ぐえ、とこめかみあたりを抑えながら水鏡さんに深々とお礼をする。もう女神のような笑顔でふふふと笑いかけてくれる水鏡さんほんと女神。当の一柳くんは水鏡さんの有難い助言を聞いていたのかいないのかすぐにガッとすごい勢いで両手を掴んできた。わたしより頭1個分近く上にある可愛らしい顔が、ぐっと近づく。鼻と鼻がくっつきそうなほど近い距離で、真剣な顔をする。もう周りなんて見てないのだろう。私の視界にギリギリ入る同僚佐藤くんはそれはもうすごい目でこちらを見ているよ。

「名前…」
「は、はい」
「……」

私だけでなく、周りもしんと静まる。重い重い沈黙を超えて、この近い距離で、「オレと結婚してくれ!!」と叫ぶのだった。そんな大真面目な顔で、いつだって一柳くんは同じことを言うのだ。まったく学習してない。

「あのですね、一柳くん」
「おう!なんだ!」
「どうして私と結婚したいのかな」
「好きだからだ!」
「お付き合いしてないよね?」
「ああ!してないな!」
「……」

やはりひしひしと伝わるのは周りからの同情の眼差し。水鏡さんまでそんな顔しないで欲しい。そんな、やれやれ弓彦さんはもうだめですねみたいな顔しないで欲しい。私を見捨てないで。何も言わない私に、弓彦くんのアホ毛のような物体がはてなマークを形取る。ついでに弓彦くんの若干半開きの目も困ったように揺れる。一体どうしてこんなに結婚を迫られるようになったのか、検討もつかないけれどこのやり取りがもう二ヶ月は続いているんだから驚きだ。


「い、イチリュウ検事…」
「…なんだ」
「も、もうそのへんに」

この微妙な空気を打破するこれまた救世主、同僚田中くんが恐る恐るといったように一柳くんに声をかける。グッジョブ田中。しかし、突然の横槍にいい気がしなかったのか一柳くんの眉毛がぐっと潜められる。私から目をそらして、田中くんのほうを見やりながらついでに周りを見渡す。…なんとなくこの空気に、さすがの一柳くんでも気づいたらしい。私からは半分ほどしか見えなかったが、一柳くんの顔からはじわりじわりと怒りの色が見えた。あ、やばい。これ一柳くん怒ってらっしゃる。不穏を感じ取ったのは水鏡さんも同じだったらしく、しまったというような顔を私に向ける。水鏡さんが慰めようとしたその瞬間、大きな怒号が聞こえたのだった。

「っなんなんだよ!オレは一流だぞ!…くそっ」

吐き捨てるように怒鳴った声。私はびっくりして一柳くんを見つめる。怒鳴るつもりは無かったのかはっとわたしの顔を伺うと、なんとも悲痛に満ちた顔をして私の手を強引に振り払ってどたどたと出ていってしまった。ああ、ご乱心だ。

「い、一柳くん…」
「…はあ、仕方ないですね」

水鏡さんが困ったように手を額に当てる。ここまでこの人を困らせる一柳くんはなかなかのものである。名前さん、と呼ばれ振り向くと水鏡さんの申し訳なさそうな顔。ああわかった、私に追いかけろと言っているのだ。くそう、一柳くんめ。仕方なく、私は一言断りを入れて事務室を後にする。後ろで田中くんが、「苗字さんごめんな!」と叫んでいた。




あの単純でちょっと頭の弱い一柳くんを見つけるのにそう時間はかからなかった。検事局の一柳くんの部屋。こんこんと控えめにノックをする。「誰だ」
という声に「苗字です」と答えると間もなくして突然ドアが向こうから開き腕を掴まれる。突然のことに見を任せるとぎゅっとこれまた熱い抱擁。ぎゅううっと力加減の知らないそれはとても苦しい。

「一柳くん」
「…うるさい」
「……」
「オレは、一流なんだ」

すねた後でこうやって話を聞いてあげるのは今日が初めてではない。喜怒哀楽の少し激しい一柳くんはたまにこうやって拗ねる。まあ、かわいいもんだけどね。私は決まって彼の背中をポンポン叩いて黙って話を聞いてあげるのだった。

「一流なのに、なんでみんなあんな顔するんだよ」
「うん一柳くんは一流だよ」

否定は絶対してはいけない。いつだって肯定して褒めてあげる。こんな子供をあやすやり方で機嫌が直ってしまうところも一柳くんは可愛いのだ。ぐずぐずと泣き出しそうな声。おいおい、170越えが何泣いてんだい。

「名前…」
「ん」
「…好きなんだ」
「……」
「オレ、もしかしてまだ完璧な一流じゃないから、好かれないのか?」

ふと顔を上げると、一柳くんはもはや半泣きである。たしかに一柳くんはちょっと頭弱いけど、地頭は良いしちょっと空気読めないけどそんなところも愛されてる。決して一柳くんが二流だとか三流だとかではない。…まあ、一流かといわれたら微妙なところなんだけど。けれど、好かれていないわけではない、間違いなく。…つまるところ、私も一柳くんをそこそこ気に入っているということなのだろうか。

「…そんなことないよ」
「本当か?」
「一柳くんは、一流だよ。好きだよ」

ちょっと盛ってしまったけど、うんまあ嘘じゃない。これからの期待も含めて、ってことで良しとしよう。よしよしとふわふわの髪を撫で付けると一柳くんはみるみるうちに元気を取り戻してゆく。ほんと単純な人だ。

「……そうか!一流か!」
「一流だね」
「名前!!」
「えっなに」
「さっき…その…好きだっていったな?」
「んえ、あ、あー」

しまった、つい口が滑ってそんな事言ってしまったかもしれない。もうさっきよりも元気を取り戻したらしい一柳くんはぎゅうっとまたわたしを抱きしめる。ちらり、とみた頬は真っ赤に染まっていた。あー、とかうー、とか言いながら照れまくる一柳くん。…ちょっとまって、好きっていうより結婚してくれのほうが恥ずかしいだろう。そんなに恥ずかしがられると、こちらとしても、その、照れるわけで。自覚をするとどんどん体が熱を持つ。

「結婚してくれ」
「……」
「…名前?」
「……友だちから、ね」


さっきと同じ、真剣な顔なはずなのになんでかさっきよりもずっと照れる。恥ずかしい。たまらず一柳くんから目をそらしながらも拒否できないのか一柳くんの世話をしているからなのか、はたまた一柳くんの弟気質なところのせいなのか、それとも。友だちからという言葉にさらにさらに力が強くなった腕の中で、赤くなった頬を感じながら考えるのだった。


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