「あ、おはようございます…」
「うム、おはよう」
沈黙が続く朝食。それはとても重々しいもので、2人からどことなくお互いを気遣っているようなそんな微妙さがあった。もちろん、名前は後悔している。どうしてあのときちょっとでも渋ってしまったのだろう。素直にありがとうと言えたら、どんなに良かっただろう。
「(空気、重いな)」
食器をカチャカチャと片付けながら、御剣の背中を見て小さくため息をつく。表面上はいつも通りに、「いってらっしゃい」といって「いってくる」と返ってくるやりとり。しかしどこかちがう。ぱたんと閉められたドアを憎らしげに見つめた。
△▽△
「御剣検事!おはようございますッス!」
名前の不自然な態度にもちろん気づき、こちらも職場てはあ、とため息をつく御剣に糸鋸の明るい声が耳を掠める。
「ああ…」
「どうしたッスか?元気ないッスね」
「いや…まあ、な」
なんとも歯切れの悪い返答に眉毛を垂れ下けた後、糸鋸はその大きな胸板をどんと叩いて「自分でよければいつでも相談にのるッス!」とまた明るく言う。どうしたものかと困り果てていた手前、この人に好かれそうな男に相談してみるのも手かと、御剣は納得する。
「うム、実はだな…」
少々軽率なことを彼女に言ってしまったようだ、とその旨を話す。糸鋸は真剣に耳をすませたあと、へにゃりと困ったカオをした。
「…そりゃ、難しいモンダイッスね!」
たっぷり1分ほど考えた後、だされた答えはこれだった。はあ、とまた御剣はため息をつくことになる。…やはり、この男に聞くのはマチガイだったのか。わかりやすく顔をしかめる御剣を見て慌てて言葉を続ける。
「い、いや!でも!名前ちゃんもそんなに気にしてないかもしれないッス!」
「……そうだろうか」
「…たぶん」
「……」
「も、申し訳ねッス」
もうこれ以上は不毛だと踏んだ。御剣は簡単にお礼のようなものを述べてさっさと仕事に戻った。糸鋸はその後ろ姿をみて痒くもない頬をかくのだった。
「…御剣検事、元気ないッスねえ」
普段は恐ろしい程にあるイゲンが、今日ばかりはそんなオーラ微塵もない。糸鋸でもわかるほどあからさまに落ち込む御剣の姿はどうにも珍しかった。珍しかったが故、心配になる。自分の尊敬する人が、たった1人の少女によってこんなにも憔悴しきっている。些か信じられない状況に糸鋸は困惑する。なにか自分に出来ることはないかと思い、ある考えにたどり着くのだ。よし、と意気込んで肩に下げていたボロボロのショルダーバッグを背負い直して、ある男の元へ向かった。
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