「名前ちゃん、まーくんチョコ食べたいぜよ」
茶目っ気たっぷりに机に寝そべりながら上目遣いをしてくるこの男、仁王雅治。ああウザイ。ほんとウザイ。今日は何日かわかっているのかこいつは。2/15だぞ。
「はいはいまーくん、バレンタインは終わりました」
「名前から貰ってないからまだ終わってないぜよ」
「ばっかじゃないの」
「…ピヨ」
なんていったってもうバレンタインは過ぎている。バレンタインが日曜日だったことが最大の原因だけど、これだけはいえる。バレンタインはもう過ぎた。と、いうことでもちろんチョコなんてものは作ってない。クラスの女子にも、こいつにも。それなのにチョコチョコとうるさく強請ってくる仁王がほんと腹立つ。ウザイ。
「作ってないよ」
「…なんで作ってないんじゃ」
「バレンタイン休日だったし、良くない?」
「良くない」
「子どもかよ。あんたのファンがたくさん置いてったじゃない」
じろり、と仁王の横に視線を逸らすとそこにはもちろんチョコの山。このクラスにもこっそりこいつに渡した女の子がいるかもしれないのに、そのチョコたちを仁王は「こんなの、いらないぜよ」と一蹴してしまうのだから浮かばれない。なあそこの涙目の女生徒よ、こいつのどこがいいの?はあ、とため息をひとつついて仁王のふわふわな髪をチョップする。「死ね」という言葉つきで。
「ひどいぜよ」
「あんたのが酷いでしょ」
「…プリッ」
「きもっ」
「まーくん泣いちゃう」
あきらかにこいつが悪いことしてるっていうのに、わざとらしく泣き真似をすると伝わる私への敵意。おかしいなあ、あんたらさっきまで涙目だったじゃないの。兎にも角にも、私はチョコなんて作ってないし持ってもない。生憎だがこいつに身を引いてもらう他ないのだ。
「名前からのチョコまた食べたいナリ」
「あげたことないじゃん」
「……」
「私、赤也んとこいくから」
「まーくんにはくれないなんてひどいぜよ」
べつに、チョコを渡すわけではないのだが。しかし、百歩譲ってチョコを渡すなら仁王じゃなくて赤也だと思う、確実に。だって赤也は素直で犬みたいだから。…悪魔だけど。その旨をいうと仁王はわかりやすく口を尖らせてジト目をしてくる。可愛くねえぞ詐欺師。
「名前のチョコが食べたいのう」
「…丸井どうにかしてよ」
「イヤだよ」
「……ブ太が」
「てめえ…」
いつものガムを噛み散らかす丸井に助けを求めてもこの通り。ほんと死ねばいい豚め。そのガム喉に詰まらせて死んじゃえ。そうこうしてるあいだも仁王は依然名前のチョコが欲しいなんて強請ってくる。勘弁して欲しい。
「名前ちゃーん」
「はいはい」
「なにしたらチョコ作ってくれるんかのう」
「イケメンが足りてないからイケメン連れてきたらいいよ」
ははは、と特に何も考えずに言った。の、だが。仁王は突然真剣な顔をしてこっちを見つめるのだ。急にしんとなる教室。え、まってなにこの空気。なにごとかと丸井はこちらを凝視しているし、仁王も私を凝視しているし、私も仁王を凝視している。なんなんだこの空気は。何秒か経ったあと、こいつはごく真面目な顔をしてこう言い放つのだった。
「名前に似合うイケメンならここにいるナリ」
ここに、と自分で自分を指さす仁王。きゃーきゃーと色めくクラスの女子達。にやにやにやにや気持ち悪い笑みを浮かべる丸井。固まる私。…何言ってんだこいつは。たまにしか見せない真剣な顔がどうにも新鮮で、思わず魅入ってしまう。こいつ、もしかしてイケメンか?固まる私を見てにやりと笑った後、先程のようにチョコを強請る仁王に、何がなんだかわからないと言ってやりたかった。ちょっとばかしこいつのイケメンさが理解ってしまった手前、なんだか悔しい。…ウザイ。
「明日、まってるぜよ」
「…うざっ」
作る予定なんか微塵もなかったのに、なんとなく今日の夜は普段広げないレシピ本を広げることになるのだろう、と私は予想した。
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