※特に面白みもない



「名前、ねえ、」



きた。奴が。大きな彼がわたしの足元に影を作る。大きな手がわたしの腰に回る。おかしいな、上手い具合に逃げきれたと思ったのに。…ベルトルト、彼はなんだか最近わたしについてまわってくる。それこそ、腰巾着みたいに。なんでかなあ、ライナーと喧嘩しちゃったのかな。ベルトルトの様子がおかしいのは今に始まったことではなかった。強いていうなら、一ヶ月くらい前なのかな。特に何をしたわけでもないのに、懐かれてしまった。…別にいいんだけど、なんとなく心配になる。

「…ベルトルト」

「名前、会いたかった」

「まだ、対人格闘おわっただけじゃない」
「僕が組みたかった」
「やめとけ、お前と名前が組んだら名前が死ぬぞ」

「…ライナー」

じろり、とベルトルトがライナーを睨む。普段は仲がいいのに、な。ライナーも困ったような、呆れたような顔をしてベルトルトを見つめる。背の高い2人に囲まれることが多くなったわたしは、自然と目立つらしい。…ほらまた、ばたばたと後ろから騒がしい足音がする。


「おーおー、ベルトルト!名前のこと大好きだな!」
「こ、こら!コニー!こういうのは温かく見守るものよ」

茶化すように大声をあげるコニーと、それを顔を赤くして止めるクリスタ。…と、ユミル。クリスタが照れてどうすんのよ。その言葉にいちいち反応するウブなベルトルト…かと思いきや困ったことに普段見せないような愛想の良い笑顔で「そうだよ」と返すもんだからコニーもクリスタもきゃーきゃーと騒いでしまう。困ったことだ。


「ベ、ベルトルト」
「なに、ライナー」

「…その、だな」
「……なに」
「いや、」

ライナーがこれまた困ったように口ごもる。ライナー、言いたいことはわかるよ。わたしも困ってるよ。とうとう何も言えなくなったのか憐れみの目でわたしを見つめてくる。…負けたのね。名前、名前と執拗にわたしの名前を呟きながらぎゅうぎゅうと締め付けてくる腕。苦しいしなんか出そうだし心做しかベルトルトに耳と尻尾が生えたように見えるよ、幻覚かな。このちょっと異様な光景に、コニー、クリスタ、ユミルは見事に固まる。そうだよ、きみたちが騒ぐようなことじゃないんだよ。


「…ベルトルト」
「なあに、名前」
「苦しい」

「…えっ!ご、ごめん名前」
「いやいいけど」
「ごめん、ほんと、だから」

嫌いにならないで、と悲しそうに呟く姿。…かわいい女の子がやるなら別だが彼は190を越える巨体でありれっきとした男性なのだ。可愛くない。…と、いったら嘘になるかもしれない。いかんいかん、ベルトルトが本物の犬のように見えてきた。はあ、とため息をついてベルトルトの頭を撫でようと手を伸ばす。察したのかベルトルトが膝を曲げて嬉しそうにわたしに撫でられる。くそう、かわいいな。

「名前、すまないな」
「いいよライナー。懐かれるのはうれしいよ」

「…名前、ベルトルトは犬じゃねーぞ」
「……やだなあ、わかってるよ」
「名前、その間はなんなの」

軽蔑したようなコニーとはあ、と先ほどのわたしの同じようにクリスタがため息をつく。まってくれ、いくらなんでもこのベルトルトは可愛いと思う。…しかし、どうしてこうも懐かれたのか見当もつかない。なんとか説得して、ベルトルトを追いやる。ついでに、ライナーに目で合図をしておいた。ベルトルトのことをきくのは、彼が一番いいだろう。



▽△▽



「…名前」
「ああ、ライナー。ごめんね」

「いや、いいんだ。ベルトルトのことだろ?」
「うーん、まあ、ね。なんでこんなに懐かれたんだろうね」
「………」

一ヶ月くらい前に、なにか特別なことをしたわけでもない。ましてやベルトルトに好かれるようなことなんて尚更だ。…むしろ何をしたら好かれるのかさえわからない。不意に、黙り込んでいるライナーが気になった。どうした、というように顔をのぞき込むとそれはもう神妙そうな顔。こいつ、理由を知ってるな。

「ライナー、知ってるんでしょ。教えてよ」
「…すまない。無理だ」
「ええ…」

断固として言い切る彼に狼狽える。そんな、気になるじゃないか。しかしライナーは話す気はさらさら無いらしく、明後日の方向を見ている。…ひどい。

「…名前、そういえば」
「ん?」
「巨人を憎んでないとかなんとか、言ってたな」

突然話を変えられた。そんなこと、いったっけ。うーんと頭を捻ってみると、…うん、確かに言ったかもしれない。

「あー…いったかも」
「あれ、どういうことだ?」
「わたしもともと両親とかいないから。大切な人巨人に殺されたわけじゃないからね」
「…そうか」

「強いて嫌いっていうなら、奇行種」
「なぜだ?」
「気持ち悪いから」


真顔で言い放つと聞こえるのはライナーの笑い声。そうか、気持ち悪いか、なんて笑いまくってる。どうみたって気持ち悪いでしょうに。

「…たぶん、そこだな」
「え?巨人憎んでないから?どういうこと」

巨人を憎んでないことと、ベルトルト。何の関係があるのか。はあ?というようにライナーを見上げると、「いや…」と口ごもる。

「…ベルトルトは、いい奴だからな」
「あー、嫌いな人を作りたくないタイプなのかね?」
「巨人は人じゃないぞ」
「まあまあ、ベルトルトは優しいから」

と、ひとり納得する。はっはっは、と能天気に笑うわたしに対して、ライナーは今も眉間に皺を寄せている。

「ベルトルトには、優しくしてやってくれ」

なんとなく、意味深さを感じさせる物言いでライナーがわたしを見つめながらいう。…なんだろ、この違和感。少しだけ感じた違和感には目を瞑って、うん、と笑いかける。ライナーはほっとしたようにいつもの頼もしい笑顔を見せると、寮へ戻ってしまった。あの真意はなんだろう。聞いても、答えてくれないだろうな。…まあ、いいか、懐いてくるベルトルトは可愛いし。許そう。



なんて呑気に考えていたわたしだったが、やがてライナーの言葉の意味を理解することになる。…あの日に。


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