死ネタではないですが
薄ら寒いし二人とも病んでます
一心不乱にシャベルを動かしていた。もとより、此処には俺と臨也以外の人影は無いので余所を気にすることもないのだが、この場所にある空気の流れや風の音や微かにあるらしい虫の声やはては自分の息遣いまでもを無にするほどに俺は穴を掘ることに集中していた。木々が鬱蒼と乱立する冬場の山中とあれば昼間でも耳が引きちぎれそうなほどに寒い。と思うのはあくまで一般人の感覚であって、普通より遥かに鈍感に出来た俺の感覚には普段のバーテン服にマフラーを巻く程度で事足りたし、何より俺は小一時間ひたすらに地面を掘り下げる作業をしていたのでうっすらと汗が滲むくらいだ。じとりと汗ばむ背中をワイシャツを揺すって風を送り込むことでやり過ごし、俺の首元で完全にお荷物になったマフラーを寒そうにしている臨也の首に巻き付けてやった。
臨也は何も言わない。近場の大木に背を預けるようにしてその根本に座り込み、ただ黙って俺の作業を見ている。何をしているんだともまだ終わらないのかとも問わなかった。普段の皮肉や罵倒が飛んでこないことは些か物足りないような気もしたが、反面いちいちぶちぎれて体力を浪費する事なく穏やかに事を進められるので俺も何も言わなかった。
穴の深さが俺の胸ほどになったくらいで手を止めた。縁に手をついて跳び上がり穴の外へ出る。せっかく幽に貰った服があちこち土まみれになってしまっていて申し訳なくなったが、やってしまったことは仕方がないと割り切って気持ち程度に土を払った。
終わったの、と臨也が久しぶりに口を聞いて来たので俺は黙って頷く。不意に通った風が汗で濡れた体を舐めていったのに思わず身震いすると、臨也は小さく笑いながら俺に近づいて先程巻いてやったマフラーを俺の首に返した。その時頬に触れた臨也の手がびっくりするくらいに冷たかったので思わず掴んで引き寄せると、シズちゃん泥だらけだ、とまた小さく笑った。もう十年近くの付き合いになるくせにもどかしい微笑みやむくむくと膨れ上がる感情がこしょばしくて、俺達はどちらともなく抱き合って穴の中におちた。
ねえシズちゃん、はやく。
痛みに少し掠れた臨也の声が俺を急かすので、性急にその薄っぺらい身体をまさぐり、俺達はセックスをした。
もはや正しようもないほどに汚れた衣服を申し訳程度になおして穴の外にはい出る。薄暗く視界の利きづらくなってきた辺りを探ってシャベルを掴んで、俺は掻き出した土を穴の中に戻した。土を落とすときに、愛してた、と譫言のように呟くと、俺もだよ、と帰ってくる。ありがとな。こちらこそ。土を落とすたびにそんなやりとりを数回繰り返してついに声は聞こえなくなった。そこからはまた一心不乱に穴の中に土を戻し続けた。
穴を埋めた剥き出しの土の表面をシャベルの裏で叩いて、そのままそこに仰向けに転がる。すっかり日は暮れきっていて山奥なために人工灯の類が一切無い此処は本当の暗闇だった。気温がぐっと下がったせいで汗をかいた身体から体温が容赦なく奪われていくが、今立ち上がったところで明かりのない此処から麓まで行けるとも思わなかったので俺はそのまま目を閉じた。少し肌寒い気もするがそんなことはたいしたことではない。俺のこの下には確かに、愛が眠っている。