視界にスモークがかかる感じとか、少し息苦しくなるのは不思議と嫌じゃなかった。初めこそ涙目に成る程むせ返ったけど、慣れてしまえばたいしたことはない。呼吸をするのに少しおまけがつくだけだ。
まあしかし、おまけといったって何か特典が付いてくるわけでもないしむしろ損益の方が多くて、百害あって一利無しとはまさにこのことである。
俺自身、体が欲していたとか興味があったとかではない。単なる真似だ。レジに出したときに年齢確認を強いられたのが釈に触ったが(俺はそんなに童顔だろうか)手に入ってしまえばこっちのもので、口先で煙を立てるそれとコートの中の硬い紙箱に満足していた。いつも弄んでいるナイフの代わりにわざわざ買ったジッポを鳴らしながら、俺は池袋を歩く。つまり、俺はシズちゃんが大好きだ。

公園のベンチに座って、二本目に火を付ける。うまいともまずいとも思わない。ただ高校生の時から、こうしているシズちゃんはかっこいいなあといつも思っていた。堂々と授業をさぼって屋上を喫煙所にしている彼は、普段の喧嘩っぷりと綺麗に色の抜かれた金髪も相俟って不良少年を絵に描いたようだったけれど、俺は毎回シズちゃんにのされて痛いなんてもんじゃあない四肢を引きずりながら屋上に上っていた。シズちゃんは昔っから、学校で俺と喧嘩をした後は必ずそうしていたのだ。死ねとか言いながら殴り合っていたくせに俺は必ずそれを見ていた。俺達は高校を卒業して、その場所は屋上ではなくなったけれどそれは今も変わらない。
煙を燻らす指だとか、吐き出すときに小さくすぼまる綺麗な唇だとか、スモークに薄く細める目だとか、俺はその一挙一動が堪らなく好きだった。柄じゃないので決して口には出さないけれど、どうしようもなく指や唇や瞼に触れたくなるのだ。
見すぎ、と笑われたこともある。でもどうしたって目が離せなかったし離したくなくて、だから唯一、セックスしたあとで気怠い体を動かせない俺を置いてベランダに行ってしまうことは哀しかった。ボトムだけを履いて少し熱を纏ったシズちゃんはきっとどんなそれよりかっこいいんだろうけど、俺はまだ一度も見れたことがない。

だから俺はこうやってシズちゃんの真似をして一緒にベランダに行くための口実を作っていたんだけれど、まだ半分も消費していないそれは隣に現れた張本人の口元へと拉致されてしまった。

「お疲れ。」

「手前煙草なんか吸ってたのかよ。」

「うん。今日から。」

「ばっか、やめとけ。」

自分のことはすっかり棚にあげてシズちゃんは煙を深呼吸する。ほんの少しだけむっとしたので三本目をとろうとすると、シズちゃんの大きな手に柔らかく牽制された。煙の向こうの目が諭すような色をしている。

「シズちゃん、」

「あ?」

「勿体ないことしちゃったね。」

「…いい、俺が吸う。」

シズちゃんは俺の手から箱をとってスラックスのポケットに突っ込んだ。きっとワイシャツの胸ポケットには、俺の買ったものとは違う銘柄の先客がいるからなんだろう。慣れない味だろうに、俺から掠ったその煙草を大事そうに大事そうにフィルターぎりぎりまで吸うものだから、俺は何か沢山言いたいことがあったはずなのに全部よく解らなくなって、ポケットの中においてけぼりをくらったジッポをかきんと鳴らした。






たばこ。
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