好きなのだと、そう言われた。
どうしようもなく好きなのだと。
もはや名物とすら言われる池袋中を巻き込んだチェイスが例の如く寿司屋の黒人に見つかり有無を言わせずにその店へぶち込まれ、先刻まで殺さんとしていたそいつともそもそとまずい寿司(いや、寿司自体は外人の握ったそれとは思えぬほどに確かに美味いのだが)を食わされ、続きをする気もさっぱりと失せてしまった帰りの道にどういうわけか並んで歩くことをしていた臨也に突然告げられた。
もう何着目になるか解らない制服は切ったり擦ったりでお互い懲りずにぼろぼろで、明らかに喧嘩帰りの俺達は、日もとっぷりと暮れきった住宅街に差し掛かってもまばらにある人目を容赦なくひいたがそんなものははなから見えていないというように臨也は惜し気もなく呟く。
告白、というものをされたことがないわけではなかった。俺が「こんな」せいでもとより近くにいる人間は極端に少なかったが世の中には物好きというのがいるようで、そういった類のことを言われたためしは過去に幾度かある。俺はその度に物好きな相手になんだかと小綺麗な理由を並べて断って来た。付き合ったとしても力加減がわからないので触れてやれないだとか多分そんなことだ。結局のところは突き放す言葉を告げている癖に甘ったるい口実をドラマの台詞のように並べる汚い男なのだ、俺は。自覚はしているし、そいつらが嫌いだったり憎かったりするわけではない。興味のない相手の愛とは上っ面だけの一方的な我が儘を黙って甘受していられるほどに気は長くないし心も広くないということだ。何かの拍子にぷつりといった俺の無責任な拳の下で血まみれになるくらいだったらもっと他の奴との平穏を探したほうが彼女らにとってだって良いはずだ。
しかしなんだ、同じ男にそんなことを言われたのは、当たり前といえば当たり前なのだろうが経験がなかった。その辺の男に言われたのなら、何だ喧嘩でも売ってるのかと一発凄んでやるところなのだが、いかんせん相手が相手なのでどう反応したら正解なのかさっぱり解らなかった。
臨也は俺が理屈で丸め込まれてくれるような人間じゃないということを文字通り痛感しているので、そんな薄ら寒いことは冗談でなんて言わない。ならば残るは一択というところだが、その唐突な言葉の真意は声に出さずともそいつの表情を見れば歴然だった。
口は横一文字に引き結ばれ、長いまつげに覆われたその目は俺と視線を合わさんとしてあっちこちに泳いでいる。ああ、こいつは本気で言っているんだな。
不思議と嫌な気持ちはしなかった。人に本気で好かれるということはそれが誰であろうと案外嬉しかったりするものだ。特に俺みたいなのに関しては。
まだ幼かった頃の自分の初恋を自分で目茶苦茶にしてからは人を好きになったことがなかった。頑なに人を遠ざけて歩いてきたせいだ。人に執着しないように、されないように。理由は至って簡単で、自分が傷つくのが嫌だっただけ、それだけだ。
しかしこいつはどうだ。
初めて顔を見たときから果てしなく腹の立つ野郎で、それにかまけてあっという間に俺の懐まで入り込んで来た。決していい意味ではないが、いとも簡単に俺が今までをかけて線引きしてきたそれをぶち壊してテリトリーに飛び込んで来たこいつは、俺が今まで触れ合って来た人間の中で、一番固執した人間だ。嫌いだったら放っておけばいいものを、その顔を見たらどうしても追いかけ回してしまいたくなるほどには。
ならば好きかと問われれば、イエスともノーとも言えない微妙なところだった。というか、言っていいのかわからない。いかんせん初対面から殺し合っているような仲なので、上手い言葉が見つからなかった。それにくわえてそんな死ね殺すの毎日の中で好きになったというのだから尚更だ。臨也は、自分の顔を見て怒号しかあげたことのない俺の一体何を見て好きだというのだろうか。臆病な俺は聞くことが出来ない。
ついさっき日が沈む前までなら簡単にこいつの首を絞め殺せたこの手は、今にも泣き出しそうなその小さな体に触れることも出来ずに所在なげに空を切るばかりだ。
(ああその悩ましげな瞼にキスができたら)
(どんなにいいと思っただろうか。)