わたなべさんリクエスト:ルイヒル
明日があるさ。
おまえ、どうすんの。
三月が終わる。葉柱が視線も合わせずにラーメンを咀嚼しながら言った。人より僅かに鋭い八重歯を覗かせるようにあけた大口のまま、蛭魔の箸を持つ手が宙ぶらりんになる。右眉がひくりと持ち上がったがそれは一瞬で、ぶら下がった麺は湯気を立てたまま滑らかに口内にしまわれていった。シラネ、とぶっきらぼうな声が1Kの白い天井にぶつかって、丼の中に落ちた。
耳に引っ掛けている葉柱の髪の毛がひと束ほどけて、聡い指がそれをすくい上げる。蛭魔は何と無くそれを見やったあと、スープに浮かぶ油のきらめきを凝視した。箸の先で突くと、くっついたり、離れたり。小さな頃、食べ飽きたラーメンで同じことをしていた時に父親に小突かれたことを思い出して鼻がなった。その時のラーメンの味など、とうの昔に忘れている。やたらムキになってくっついたり、離れたり、を繰り返していると前に座っている葉柱に笑われた。そんな当人の器の中身は空だ。いるかと問うと、おー、とか気の抜けた返事を寄越してきたので葉柱のほうに丼を引きずると、ゆうらりと波打つスープの中でまた、油がくっついたり、離れたりした。
「おまえやっぱりよくわかんねえな。」
いやおまえの性格は嫌ってほどわかったけど。水分を吸いすぎてほどけかけた海苔を啄ばみながら葉柱が言った。全くその通りだと、蛭魔も思う。蛭魔自身、自分のことに関してはよくわかっていないのだ。
私立泥門高校の二年生は、一体何度目だろうかと頭の中で考える。留年しているわけではない。3月31日を終えて目を覚ますと彼は確かに4月1日を迎えたが、それはまた高校二年の春だった。物分りの良い蛭魔は一年目で仕組みを理解したが、なぜ自分がそうであるのかはいくら考えても理解できなかったので二年目で諦めている。飽きたと思ったことはなかった。毎回毎回ひとは変わったし、泥門高校二年アメリカンフットボール部主将蛭魔妖一であるということ以外では自分の置かれる状況も変わった。毎年違う人間達と、アメリカンフットボールをやって、クリスマスボウルを目指す。
自分にだけ明日にいけない、などと感傷的になることは不思議となかった。明日は間違いなくあったからだろうか。
食し終わった器を、蛭魔の分も一緒に片しながら葉柱が肩越しに投げる。
「おまえ何人の思い出になってんだろうな。」
「それこそ知ったことじゃねえよ。」
葉柱は笑う。肩をすくめて、これっぽっちも寂しくなさそうに笑った。なぜ自分にだけ話したのか、なんて野暮なことを問うことなど一度もなかった。どの世界にいてもそれは同じで、葉柱ルイという人間はいつだって少し困ったような笑顔で、蛭魔妖一の世界に佇んでいた。