加古さんの彼氏は黒トリガー


「なまえくん」
「わっ」

背中にぽすんと軽い衝撃。
するっと長い腕が首に回り、後ろから抱きしめられるような形になる。レポートに夢中になっていたから、接近に気が付かなかったようだ。

「加古さん、任務あがり?」
「ううん、まだこれから。あと10分くらいしたら行くわ」
「そっか、お疲れさま」

後ろを振り向くと、意外と近くに整った顔がある。
やや釣りぎみの目は長い睫毛が縁取って、長く美しい髪は今日も甘い香りを振りまいていた。
加古望。A級6位のチーム、加古隊を率いるシューター。
きれいで強くて優しくて、おまけに頭もいいという、天がニ物も三物も与えたパターンの人だ。唯一の欠点と言えば旺盛すぎる好奇心だろうか。
いや、まあそれも長所っちゃ長所だけど。堤くんが被害に遭うだけで。

かたや平平凡凡、天が適当に余りものを混ぜ合わせたような人間。
そんな僕の対極にいるような彼女は、なにをどう間違えてしまったのか、僕の彼女という立場にいる。

「なまえくん、今日は仕事は?」
「あー、えっと、遅番。それで明日早番だから、本部泊まるんだ」
「あら、そうなの。せっかく一緒に帰ろうと思ったのに」
「あはは……ごめんなさい……」

きれいな形の眉をわずかにしかめて、加古さんが口をとがらせる。
美人は何をやっても似合うから不公平である。

本当に、未だに理由が分からない。

見た目がいいわけでもなければ、成績だって平凡だし、性格は卑屈の一歩手前。
才能があるわけでもないと思う。

それなのに、最初に話しかけてきたのは彼女からで、告白も彼女から。
絶対に釣り合わない(むろん僕が加古さんに)から無理だとお断りしても、次の日には平然とした顔で再び同じ告白をする。

僕だって男で、美人には弱い。というか加古さんを嫌う要素とかそんなものはなくて、数度告白されたのち、僕は加古さんとお付き合いすることになった。

「加古さん、時間は?」
「そうね。そろそろ行くわ」
「行ってらっしゃい。大丈夫だと思うけど、気をつけてね」
「ええ、ありがと。それじゃ、後で電話するから」

僕の頬にちゅ、とやわらかく唇を落として、加古さんは首から腕を放した。

ヒールの音を響かせて去っていく彼女を見送り、ほてった顔をあおぎながら再びレポート画面に向き合う。
あともうちょっとだし、任務までには終わらせなくては。というか恥ずかしすぎるのでとりあえず別のことに没頭したい。
キーボードに指を置いた、その時。

「みょうじさん」

「ひえっ!」

今日なんだか驚かされるのが多い気がする。

顔を上げると、今度は腕組みをしたショートカットの女の子。
うわあ今の見られてたのかあとか思うととりあえず穴を掘ってそこに埋まりたい。

「お、お疲れ、木虎ちゃん……」
「まったく……。恋人を作るのは勝手ですけど、風紀を乱さないでください。ここはボーダーですよ」
「はい……申し訳ない」

木虎ちゃんはあきれたような顔でそう言って、小声でぽそりと、睨んでる人がいますよと教えてくれた。
あまりにも僕と加古さんが釣り合わないからか、ボーダーでも大学でも僕に敵意を持つ人は多い。正直当然だと思う。

「何か用事あったの?」
「もしお暇なら、稽古でもつけていただこうと思ったんですけど。大学の課題中だったんですね」
「いや、もう少しで終わるからいいよ。訓練室行こうか」
「いいんですか?」
「うん。……太刀川くんほどやばくはないから」
「なら、お願いします」

パソコン閉じて鞄に入れ、ソファから立ち上がる。

木虎ちゃんは今日は新しい戦術を試したいんです、と言いながら、すたすたと歩いていく。その後ろを追いながら、僕はトリガーを起動した。
だが、木虎ちゃんはくるりと僕を振り向き、少しだけ表情を険しくした。

「そっちじゃないほうでお願いします」
「え? でも」
「体術を使う相手と戦うシミュレーションがしたいんです。お願いします」
「そう? わかったよ」

言われるがまま、僕はトリガーをオフにして、再びポケットにしまった。

それから今度はポケットから、黒いトリガーを取り出す。

「それなら、僕は腕使わないで戦うね」
「……わかりました」

不満そうな木虎ちゃんには申し訳ないけど、普通に僕と木虎ちゃんが戦ったら勝負にならない。何せこちらは黒トリガーである。

何の取り柄もなく、大衆の一人に紛れ込むような僕の、唯一人と違うこと。
それは僕が黒トリガーの適合者であるということだ。

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