突如スマホに現れた影浦


休日の真昼間。

特にどこかへ出かける予定も、しなければならない課題もなく、僕は前日に買った漫画を自室でのんびりと読んでいた。

クライマックスに差し掛かったところで、空気を読まない携帯のバイブが鳴り響く。
無視してまた読み進め、さらにページをめくろうと指を動かした。だが携帯は鳴りやまない。いつもなら留守電に接続されるくらいの時間が経ってもなお震えまくっていた。

さすがに不審に思い、しぶしぶ漫画を閉じる。
枕元の携帯に手を伸ばしながら、仰向けになっていた体を起こし、床に座った。

「誰だよ、もう……」

手帳型のケースをぱかっと開けて、画面を覗き込んだ僕の目に飛び込んできたもの。


『おっせーな、早くしろこのグズ!』

「……は?」

それは、縦10p×横6p程度のスマホの画面に、窮屈そうに収まっている人間らしきもの、だった。
しかもやたら口が悪い。

目をこすって、もう一度画面を見る。だが目の前の現実は変わらない。
口だけでなく目つきも悪い、ついでに言うと気性も荒そうな、(大きくすれば)僕と同い年くらいだろう青年。
そんなアプリをダウンロードした覚えはない。

「……」

『おい、聞いてんのか? とっととこっから出せ、おい!』

「……ぎ、」

『ぎ?』

「ぎゃああああああああ!」

ぱあんと音を立ててケースを閉じ、携帯を机の下にスライディングさせる。
勢いのまま僕は部屋の隅まであとじさった。

混乱の極致に陥って、なぜかフードを被り机に土下座する。再び携帯がぶーぶーとうなり始めて、ようやくこれがバイブレーションではなく、あの人(?)が暴れているのだと気が付いた。

怖すぎる。

顔文字になりそうな体勢でガタガタ震えていると、とんとんと階段を昇ってくる音。

やべ、と思う間もなくドアが開いて、視線を向ければ、いぶかし気な顔をした妹が立っていた。

「ちょっと、うるさい。何かあったの?」
「いえっ、なんでもないです! ごめんなさい!」
「なんでもないのに叫ぶ? 普通」
「あー、え、えーと、今超でかいクモがいてそれにビビったというか、そんな感じというか」
「クモ? ゴキブリ平気なくせに……。どこいったの?」
「いや大丈夫、もういないから……ごめんね」

微妙に納得し切れていないようだったけど、妹はそれ以上追求することはないまま部屋を出て行った。
ちなみに出てきたのがゴキブリだと立場が逆転する。いやそれはどうでもいい。

携帯はもう動いていない。僕は大きく深呼吸してから、ずりずりと携帯に近づいた。

携帯を拾い、腹をくくってケースを開く。
そこにはやっぱり、同じ人物がいた。

「……こ、……こんにちは……?」

『てめー……よくも投げやがったな……』

「す、すいません、気が動転して……。あ、え、えっと、……あの、なんで僕の携帯に?」

『俺が知るか。気が付いたらここにいたんだよ。いいからとっとと出せ』

出せも何も、僕は携帯の画面から人間を取り出すすべを知らない。
説明書でも読んでみようかと思ったが、そもそもそんな前提で書いてある説明書がこの世のどこにある。

しかし、画面の中はものすごく窮屈そうなので、できれば出してあげたい。

「……い、一か八かで、画面割ります?」

『それで俺が死んだらどうすんだよ。つーか自分の携帯の画面割るのかてめーは』

「まだ保証期間内なんで……」

確かにそれで死なれても嫌だ。ていうか、これマジで誰かがいたずらでインストールしたアプリとかじゃないかな。
画面タッチしたらキャラが変わるとか。

そっと指を伸ばして、何もない空間に指を置く。

いや、置いたつもりだった。

ちゃぷん、とまるで水に指を突っ込んだような音と感触。思わず手を引いて自分の指を見る。
今、見間違いでなければ、画面に指が入った。

驚いたのは画面向こうの彼も同じようで、驚いた顔で僕の指が入った部分を見つめていた。

「……い、いま入りました……よね?」

『……おう……』

「……てことは……」

自分の手と画面とを見比べて、もう一度指を近づける。今度は人差し指と中指とを同時に。やっぱり指は中へと入っていって、何か布のようなものに触れた。

チョキにした手でその布、おそらく彼の服を胴体ごと挟んで、画面外へと引き出す。

最初に僕の親指くらいしかない頭が出てきて、次いで細い体、最後に足。
携帯から現れた、たぶん20pくらいのその人は、床の上で大きく伸びをした。

「あー、くっそ、体いてえ……。どれだけあそこにいたんだ俺ぁ」
「ご、ご苦労様です……」

ええええ。アプリじゃねーよこれ。だって動いてるもんこれ。ていうかつかんだとき体温あったもん。なんだよ何がどうなってこうなってるんだよ。

訳が分からないまま、そっと人差し指を彼に伸ばす。鬱陶しそうに払いのけられてしまったけど、小さくとも痛みがあるということは、これは現実。

「……あの、今更なんですけど……」
「あァ? なんだよ」
「ええと……お名前お聞きしても……? あ、僕はみょうじなまえです」 
「……影浦。影浦雅人だ」

影浦さん。なるほど。

もうなんか、考えるの面倒になってきた。もともと頭よくないんだよ僕は。
誰か代わりに考えてくれよ。体の調子を確認しているのか、屈伸したりジャンプしたりしている影浦さんを眺めながら、僕は頭を抱えた。

かくして、僕と影浦さん(全長20p)との、奇妙な共同生活がスタートした。

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