学校が終わって、帰宅しようと準備をしていたら、後ろから首根っこを掴まれた。

「……えっと、何?」
「みょうじ、ちょっと面貸せ」

随所にヤンキーな雰囲気を漂わせながら、そう言ってくるのは影浦。
一応は俺の恋人にあたる人物だ。

しかし、顔を貸すのは構わないが、首を掴む前にまず口で言ってほしいものである。恋人とはいえ。

とりあえず手を離させ、先を行く影浦に従って歩き出す。

「どこ行くの」
「……俺の家」
「お?」

珍しい。

影浦の家はお好み焼き屋だ。
普段は店に来るお客さんにからかわれるため、滅多に家へ連れて行かれることはないのだが。それを聞くと、今日はクリスマスで定休日だと答えが返ってきた。
なるほど。

クリスマスだからこそ忙しいかと思ったけど、そうでもないのか。

「けど親はまだいるから、ばれんなよ。窓から入ってこい」
「無茶言うなあ」
「トリガー使や余裕だろ」
「そのためだけに使うとか確実に怒られるよね俺」

基本的に、正隊員でも、戦闘時でもないのにトリガーを使うのはあまりいい顔をされない。
とはいえいちいちめくじらを立ててもきりがないので大抵は黙認、あまりにも乱用がひどいようなら始末書とポイント減点、という形になっている。

(影浦からの)許可済みとは言え住居侵入のためにトリガーとか、確実にしばかれる。

とにかく行くぞ、と用件も明かさないまま、俺と影浦は彼の家まで向かった。

トリガーを使わずに頑張って窓から侵入し(頼むから目撃されていないでくれと念じた)、靴は室外機の上に乗せる。それから改めて影浦に向き直った。

「んで、どうしたの、いきなり」
「あー……。……とりあえず、そこ座れ」
「? うん」

言われるがままに座って、影浦を見上げる。

続けて後ろ向いて目閉じろ、と言われたので、大人しく従った。
一体何をしているのか、後ろからはごそごそと何かを探るような音と、小さく衣擦れの音がした。

影浦が小声で悪態をつく声もよく聞こえる。
目を閉じているからか、音に敏感になっているようだ。

「まだ?」
「あ!? っせーな黙って待ってろ!」
「一回聞いただけなのに……」

酷い言いぐさである。

再び静かに待つ。影浦は今度は動きを止めたようで、音がしない。

そろそろ目を開けてもいいかと、薄目を開けて壁を見ていたら、突然背後の影浦が怒鳴った。

「あークソ、やってられっかアホくせえ!」
「うわっ」

床に何かをたたきつける音。
驚いて、影浦に言われたことも忘れて肩越しに後ろを振り向く。腕を振り切った姿勢の背中、その足元を見ると、赤いリボンがぐしゃぐしゃになって落ちている。

そのリボンをぐりぐりと踏みつけて、影浦は俺に向き直った。
目つきがいつもの数割増しで凶悪になっている。

「影浦、顔怖いよ」
「あ? 知るかボケ」
「てか、なんなのさっきから。いきなりキレ出すし……」
「うるせーうるせー、黙れ」

影浦は言いながら、あぐらをかいて座る俺の体を反転させ、膝の上に乗り上げた。

なぜかいつもよりも強い力で抱き付いてくる影浦の背中を軽く叩きながら、一体何があったのかと考えてみる。
が、考えてみても分からない。

それどころか別のことを考えていたのがばれたのか、ギザギザの歯で肩を噛まれた。なだめるように頭を撫でてやると、肩ではなく服を噛まれる。
妥協したのだろうか。

「影浦、今日どうしたの。家来いとか色々」
「…………」
「カーゲーくん」
「耳元で喋んなアホ! ……あー……」

影浦が顔をしかめた気配がする。

「……今日、アレだろ」
「アレ? ……あー、クリスマス?」
「だからまぁ……たまには、なんかやるかと思ったんだよ」
「なんかって?」

そう聞くと、影浦は再び口を閉ざした。
背中を叩いて促すと、彼は無言のまま、先ほど自分が踏みつけたリボンを指さす。クリスマスらしい赤いリボンだが、はて。

そういえばさっき衣擦れの音がしていたけれど。

まさか。

「…………あれ、自分に結ぼうとしてた?」

「…………」

返答はなかったが、無言のところを見るとどうやら正解のようだ。

自分にリボンを結んで、プレゼントは自分、みたいなことをしようとしたということだろうか。
あの影浦が。
ぶち切れヤンキー代表影浦さんが。

「……っ、ふ、ふふふっ……」

笑ってはいけないと思うほど笑いがこみ上げてきて、必死で口をおさえて声を我慢する。しかしどうにもこらえきれず、小さく笑い声を零すと、影浦は照れているのかなんなのか、俺の胸ぐらをつかんで盛大にシャッフルした。

ぐわんぐわんと揺れる視界に、頬を赤く染めた影浦がちらちらと映る。

「大体! みょうじが! いつまで経ってもっ……!!」
「俺が何?」
「……っ!」
「石頭ぁっ!」

無駄に固い影浦の頭が俺の頭にぶつけられる。
自分もダメージが大きかったのか、頭を押さえている彼とくらくらしながら目を合わせた。

「で、俺が何って?」

重ねて問うと、ようやく影浦が口を開いた。

「……おめーが。……みょうじが、いつまで経っても、手出してこねえから」

ぼそぼそと普段よりも聞き取りにくい声で、そんなことを言う。
りんごみたいに赤くなって、顔を俺の胸に隠そうとしている頭を抱える。それを気にしていたのかと俺はようやく合点がいった。

付き合い始めて数か月。確かに恋人がやるようなことはまだしていない。お互いに忙しくて時間がなかったというのもあるけど、タイミングを計っていた。
別に俺はなくてもいいやくらいに思っていたのだが、影浦は違ったらしい。

「そんなの気にしてたんかい。わざわざそんなリボンまで用意して」
「あーうっせ。それは記憶から消せボケ」
「いや、無理。……よっと」

影浦を膝に乗せたまま、踏みにじられたリボンに手を伸ばす。
指先でサテン生地のそれを掴み、軽くしわをなおした。そして彼には少し上を向いてもらい、首にリボンをかける。
影浦は大人しくされるがままだ。

喉仏の前にちょうちょ結びをして完成。
白い首と赤いリボンがよく映える。

「くれるならもらうけど、もらっていいの?」

首を指でなぞってやると、影浦の肩がわずかに跳ねた。

動物のような三白眼が挑発的に歪む。

「……他の奴にくれてやる予定はねーよ」
「確かに。ならありがたくもらうわ」

首輪のようなリボンを引っ張って、顔を引き寄せた。

すきな人にあげるもの

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