あなたが生まれた日
「みょうじさんっ」
恋人の誕生日を祝う、と決めてから、数日。
ようやく出来上がったものを持って、俺はみょうじさんの家へと向かった。扉を開けてもらってすぐに、目の前の林さんに飛びつく。俺の体重が支えきれなかったのか、二人とも床に倒れ込んだ。うぐう、と彼がうめく声が聞こえた。
「……お前次コレやったら、うち出禁にするからな……」
「ごめんごめん。つい」
体を起こすと、みょうじさんも起き上がる。だけど、俺が乗っかったままだから立ち上がれはしない。
がちゃん、と後ろで扉が閉まる音を聞きながら、俺はポケットから小さな箱を取り出した。
目の前に箱を突き出すと、彼は怪訝そうな顔で、俺と箱とを見比べた。
「みょうじさん。誕生日おめでと」
箱を開き、中身を見せる。
「……指輪?」
「そう。プレゼントであげたいものランキング一位だったから」
中にはシルバーのリングが二つ。
そのうちの一つを取り、みょうじさんに手を出すように言った。
「手? ……ほら」
「あ、違う。左手貸して」
「……犬飼、お前もしかして」
「ふふふ」
含み笑いしながら、後ろに隠れた左手を引きずり出す。
指を握りこんで俺のしたいことができないようにしているけれど、そんなことでへこたれる俺ではない。握力なら俺のほうが強いだろうし。
みょうじさんの指と手のひらの間に俺の指を突っ込んで、無理やり開かせる。また握ってしまわないうちに、リングを薬指にはめた。
うん、サイズぴったり。さすが俺。
みょうじさんは、きらきらときれいな指輪がはまっている手を見て、口をひきつらせた。珍しく耳が赤い。
「……マジかお前……」
「これペアリングなんだよ。結構いいでしょ」
デザインはシンプルなバンド型。石にはみょうじさんも俺も興味がないから。
表には唐草柄が彫り込まれて、裏には文字を刻印してある。二つ揃うと、文字はちょうど会話になるのだ。
ちょっと地味すぎるかも、と思ったけれど、あまり凝りすぎたものだとつけてくれない可能性もある。
だから、いつでもつけられるようなデザインにした。
「気に入った?」
「……まあ。悪くはない」
「素直じゃないなー。もっと喜んでくれていいのに」
「犬飼がやりたかっただけなんだろ」
「そうだけどさー。もう」
口ではそんなことを言いつつも、わりと気に入ったらしい。指で模様をなぞってみたりして、外す様子は見えない。
反応を見て俺が満足していると、みょうじさんは箱に手を伸ばし、残されていたもう一つの指輪を手に取る。
そして、裏に刻まれた文字を見て、ちょっとだけ首を傾げた。
「『I know』って……何がだ?」
「え、あー……。いや、まあ、みょうじさんならそう答えるかなって」
「? まあ、いいけど。手よこせ」
「はーい」
素直に左手を差し出すと、俺の薬指にその指輪がはめられた。
お揃いだ。
自分でやったことながら、ちょっと気障だったかと恥ずかしくなる。みょうじさんは黙り込んだ俺の顔を見て口許に笑みを浮かべると、何を思ったか、俺の左手の指輪にキスした。
彼らしくない突飛な行動に、情けない声が出た。
「うあっ、何!?」
「お前の誕生日は覚えてろよ、犬飼。……ありがとうな」
そんな未来の宣告とともに、みょうじさんは優しく笑った。
「……うん」
じわじわと胸に暖かいものが広がって行って、たまらず抱き付いた。彼も抱き返してくれて、なんだか、みょうじさんのための誕生日なのに、俺のほうが幸せになってしまったような気がした。
「みょうじさん、愛してる」
「……ああ、知ってる」
来年も再来年も、また祝えたらいいな。
(I love you.)(I know.)
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