あなたが生まれた日
恋人の誕生日に何をプレゼントするか、という特集が、テレビでやっていた。
三位が服で、二位が花とかバッグとか。まあ女の人ならそんなものなのか。
そこまで考えて、はたと気が付いた。
「みょうじさんってさあ、誕生日いつ?」
「は?」
今日も今日とて、みょうじさんの家。
今日は小説の締め切りが近いとかで、俺が来てからずっと、パソコンを叩き続けている。俺の突飛な質問に首を傾げていたが、いつ?と重ねて聞くと、教えてくれた。
衝撃の事実を。
「おとといだけど」
「……は?」
「だから、おととい」
おととい。
前日の前日。一昨日。つまり、二日前。
「おととい!? なにそれ!?」
「何だいきなり」
思わず寝転がっていたソファから起き上がって聞き返してしまった。いじっていたスマホがフローリングに落ちる。
携帯、と言われたので一応拾ったが、それよりも、衝撃が大きすぎる。
「おとといって! なんで言ってくんないの!?」
「いや、聞かれなかったし……。それに学校からそのまま飲みに連れて行かれたから、そんな暇もなかったしな」
「え、もしかして昨日二宮さんが気持ち悪そうだったのってそういうこと!? 二日酔い!?」
「それは加古のチャーハンのせいだ。チョコと煮干し」
「……二宮さん……」
同情を禁じ得ない。なんだかんだ食べてしまうところが、人がいいというか。
いや、そうじゃない。とりあえず今度から作戦室に胃薬を常備しておくことにして、俺はまず、みょうじさんに詰め寄った。
「聞かれなかったって、祝ってほしいとか、そういうのなかったの?」
俺だったら祝ってほしい。
贅沢は言わないけど、一日ずっと一緒にいたりとか、一緒にケーキ食べたりとか。
そりゃ友達に祝ってもらえたらそれで充分かもしれないけど、俺という恋人が誕生日すら知らなかったら、寂しくないのだろうか。
しかし、みょうじさんは再びパソコンに目を落とし、あっさり答えた。
「いや、別に。そんな年でもないし」
絶対零度である。
「…………みょうじさん冷たい」
「なんで犬飼が落ち込んでるんだ」
再びソファに身を沈めると、みょうじさんはあきれたようにパソコンを閉じ、立ち上がった。そして向かい側にいる俺をどけて、半分空いたスペースに座る。
落ち込みもする。
今の関係になるまで、色々と迷惑をかけた。その分大切にしようと思っていたのに、まさかこんな形でくじかれるなんて思いもしなかった。
いや、前もって聞いていなかった俺が悪いんだろうけど。
「だって……お祝いしたかったのに」
「……悪かったよ。けど俺、誕生日あんまり好きじゃないんだ」
「え?」
意外な発言に、首だけ起こしてみょうじさんの方を伺う。少しだけ気まずそうな顔の彼は、頭をかきながらその理由を話した。
「この通り、あんまり表情に出ないからな。ああいうの、目に見えて喜ばないと、向こうも気悪くするだろ。喜ばないとって思うと、俺も疲れるし」
太刀川なんかはそれも面白がるけど、と続けて、節ばった手が俺の頭をなでる。
確かに、今は俺も彼の表情を見て、どう思っているかを察することができるけれど、前は全然無理だった。ただでさえ無表情だし、加えて感情の起伏もないし。
だけど、そういうことじゃない。
撫でてくれる手を捕まえて、指先に噛みついた。
「別に喜ばなくていいよ。俺が誕生日やりたいの。みょうじさんはそれに付き合ってくれればいいだけ」
「…………」
「俺のワガママなんて、いつものことでしょ。……ね?」
お願い、と言うと、みょうじさんはそっぽを向き、ため息をつく。
その頬がわずかに赤くなっているのを俺は見逃さなかった。
その腰に抱き付いて甘えながら、どうやって誕生日を祝ってやろうかと、頭の中で予定を立てる。
せっかく特集もやっていたのだし、やっぱり、プレゼントはあれにしようかな?
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