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甘やかしたいのはお互いさま

合同訓練も問題なく終わり、東さんからは「手伝いありがとう、助かった」というメールが来てそれきりだ。
どうやら大学院が恐怖のデスマーチを刻み始めたようで、しばらくは東隊は東さんぬきで活動するらしい。大変だ。

とはいえ、さすがに戦闘員が二人きりでは難しいようで、ここぞとばかり俺はヘルプを申し出た。
小荒井と奥寺には感謝され、人見さんには「東さんに言っておくからね」とこっそり耳打ちされた。

どこでばれたのか、と考えつつ、任務の時間になるまでロビーで学校の宿題をやっていたときのこと。

にわかにロビーの入り口が騒がしくなり、何事かとそちらに目をやる。
少し遠いのとざわめきが大きくて、俺の座る席からは騒ぎの元が確認できなかった。

後で周りに聞くか、と再び英語のイディオムに取りかかる。

しかし、だんだんと騒ぎがこちらに移動しているのに気が付いて、再び顔をあげた。

「……あ」

東さん。
周囲から頭ひとつ背の高い東さんが、俺のところへ向かってきている。

ここのところ姿を見せていなかったからか、あちこちからわらわらと人が寄って行って、それでにぎやかになっていたようだ。

しかしいつもなら立ち止まって話に応じるはずの東さんが、申し訳なさそうに彼らを振りきって、まっすぐ俺のもとへとやってきた。座った状態で180p越えに見下ろされ、ちょっとだけ身を引く。

「みょうじ、久しぶりだな」
「あ、えっと、お疲れ様です。……あの、どうかしたんですか? 大学院は?」
「んー、抜けてきた。今忙しいか?」

机の上の宿題を見てか、東さんが聞く。
もう残りも少ないし、後は家でやればいいか。

「あと一時間くらいしたら任務がありますけど、それまでは暇です」
「そうか。じゃあ、ちょっと来てくれ」
「? はい」

カバンに荷物をしまい、東さんの後ろに続く。

ロビーを出て、長い廊下を歩いた。その間東さんは無言で、何か怒らせてしまっただろうかと不安になる。怒らせていなくても、もしかして誰か別の人を好きになったとか。

悪い想像ばかりが頭を巡って、一人で慌てていると、突然東さんが立ち止まる。
ブレーキが利かず、広い背中に鼻をぶつけた。

「ぶわっ」
「あ、悪い」
「い、いえ、平気です」

鼻をおさえながら、俺を見下ろす東さんを見上げる。

東さんはちょっと笑ってから、俺の手をとり、壁のパネルにトリガーをかざした。仮眠室のパネルは赤から緑に代わり、扉のロックが解除される。

一緒に仮眠室へ入り、扉を閉めると、突然東さんが俺を抱きしめた。
抱きしめた、より抱き付いた、のほうが正しいかもしれない。

「ひょえっ」
「あー……みょうじだ。みょうじがいる」

東さんがぼふん、と音をたててベッドに沈み込む。
抱き枕よろしく俺も倒れ込み、しっかりとホールドされた。

「あ、東さん? どうしたんですか?」
「いや……。ちょっと疲れてな。みょうじに甘えに来た」
「うえ、あ、」
「悪いな、ここのところ、連絡もまともにしなくて。けど電話じゃ足りなくなった」
「そ、うですね」

吐息がかかるほどの近くで、目の下にクマを浮かべた東さんが苦笑いする。

甘えに来た。
そう言ったのか。あの東さんが。

そっと手を伸ばして、目に入りそうな長い髪を払う。目を細めた東さんが、本気で疲れているんだとよくわかる。

「……これって、甘えてるんですか?」
「甘えてるぞ。他の奴にこんなことできないからな」
「やったら怒りますよ」
「冗談冗談」

軽く笑って、東さんが俺の鎖骨のあたりに額をくっつける。少しくすぐったい。
天井を見上げながら、小さく呟いた。

「……そんなに疲れるくらいなら、もっと俺のこと頼ってくれればいいのに」

甘えにきてくれたのは、正直ものすごく嬉しい。
忙しい合間を縫って、それで会いたくなったのが俺だということだし。

だけど、疲れて甘えに来てくれるより、疲れないで元気でいてほしいとも思う。

東さんはちょっとだけ顔を上げて、驚いたように目を瞬かせた。
だけどその後、ゆっくりと目を細め、俺の頬を指でなぞる。

「甘やかされるのは気に喰わなかったか?」
「……嫌ではないです。甘やかされるのも甘えられるのも。でも頼られたほうが嬉しいです」
「ん、そうか」

甘やかしている自覚はあったらしい。
東さんはまた苦笑し、俺の頭を撫でた。

「なら、次からは善処するよ。今日はもう、とりあえず疲れた」
「はい、お疲れ様です」
「任務の時間になったら、出て行っていいから。それまではこうさせてくれ」
「喜んで」

俺も東さんの背中に腕を回し、俺よりも大柄な体を抱きしめる。

任務の時間になったら出なければ、と思いつつも、縋るような腕を放すことなんかできないことを、薄々感じ始めていた。

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