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知らぬは彼ひとり

ぐいぐいと背中を押され、作戦室から押し出される。
まあ別にいいかと、鳩原たちから預かったトリガーも犬飼に持たせた。人使い荒い、と文句が聞こえたが無視する。

しかし、換装を解くとだるさが復活してきた。
主に腰が痛い。

痛みとだるさを抑えつつ、そのまま技術部に向けて歩いていると、突然、後ろからがしゃん、と何かを取り落すような音が聞こえた。
驚いて振り向くと、持っていたトリガーをまるまる落とした犬飼が立ち尽くしている。

なぜか目が見開かれていた。

「なんだ、どうした?」

尋常ではない様子に尋ねるも、犬飼は答えない。

もう一度呼びかけて、ようやくはっとした。
慌ててトリガーを拾い集めると、一度ぐっと口を閉じてから、意を決したように俺に聞いた。

「二宮さん」
「だからなんだ」
「……その、首の後ろのとこ。噛み跡ですか?」
「噛み跡……ッ!」

ばちん、と音を立てて首を抑える。
かさぶたになってざらりとした感触のそれは、昨日だしぬけにみょうじがかみついたことでできたもの。痛みもなくなったから、すっかり忘れていた。

今日着ているのは襟のあるYシャツだが、触ってみると隠れない位置に丸い痕の一部分が出るようで、犬飼もそれを見たのだろう。
キスマークならまだいい、虫刺されだのかぶれだのと言えばごまかせる。
しかし、噛み跡は。

うまい言い訳が思いつかずに黙り込むと、犬飼の目がすっと細められた。
近界民を前にした時よりも数倍剣呑な光に息をのむ。しかし、直後に再びいつもの笑顔を浮かべて、犬飼は足取り軽くこちらへと歩み寄ってきた。

「すいません、二宮さん。俺ちょっと用事思い出しちゃったんで、やっぱトリガー頼んでもいいですか?」
「あ? ああ、別に」
「よかったー。んじゃ、お疲れでっす! 彼氏とお幸せに!」

今まで来た道を逆走し、犬飼が走り去る。
それを茫然と見送りながら、はたと気が付いた。

「……なんで、相手が男だって知ってるんだ?」

付き合っている人間がいることすら、明かしていないはずなのに。


◇ ◆ ◇ ◆


二宮を任務に送り出した後、俺も本部へと向かった。
防衛任務はないのだが、東さんにC級の面倒を見てやれと頼まれたためである。

指導にあたる隊員は、ポイントよりも戦術理解度などが高いかどうかで選ばれる。
無論ポイントも加味されるのだが。

まだ始まるまでに時間があったので、休憩スペースでタバコを吸っていると、向こうから鬼の形相をバックに、競歩なみの速度でこちらに近づいてくる人物が見えた。
顔はよく見えないが、大体見当はつく。

休憩スペース(と言う名の喫煙スペース)のドアを開け、青筋を立てた犬飼が俺の前に立つ。

「あの噛み跡、アンタでしょ」
「ご挨拶だな」

形だけのあいさつもなしに、仮にも年上に「アンタ」と来た。
これは相当ご立腹のようだ。深く息を吸って煙を吐き出すと、犬飼のこめかみがぴくぴくと痙攣する。

ひとまず、一番気になっているだろうことを口にした。

「意図は伝えてないよ。お前が見れば十分だからな」
「……へー、そう? 俺はあれ、喧嘩売られてるって受け取ったけど、それでいいんだ?」
「成績は悪いそうだけど、そのくらいは読み取れるのか」

タバコを灰皿で押しつぶす。
眼鏡の奥から犬飼の顔を見ると、へらへらした笑いはどこかに消え、敵を睨む顔つきそのものが俺に向けられていた。

「喧嘩売ってると取ってもいいし、牽制してると取ってもいい。好きにしろ」
「……アンタ、本っ当に腹立つ。戦闘じゃ二宮さんの足元にも及ばないくせに」
「ついでに言うと、生身での喧嘩もアイツの方が強いぞ。それでも大人しく噛み跡つけられてるってことだ」

大人げない自覚はある。年下の、しかも恋人の部下に、煽るようなことを言って。
そんな大人げないことをしてでも、二宮は渡したくなかった。

犬飼はがっと灰皿を掴み、そのまま静止した。
灰皿を掴んだ手がぶるぶる震えていて、今にも殴りかかりそうなのを抑えているのがわかる。

それを黙って見つめていると、犬飼は灰皿から手を離し、息を吐く。
そして、にっこりと笑顔を浮かべた。ただし目は笑っていない。

「負けないから。うかうかしてると、横からかっさらうからね」
「やってみろ」

俺もそれに笑顔で返した。おそらく目は笑っていない。

首筋へのキスは執着の証。
ならば噛みついた跡は、一体何と表せばいいのだろう。

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