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捨て犬のために

「帰ろうか、天羽」
「……うん」

クレーターから出て、再び更地になってしまった街を歩く。
天羽も後ろからひょこひょこ着いてくる。なんだかカルガモの親子にでもなったような気分だ。

黙って足を進めていると、どこか不安そうな声が聞こえてくる。

「みょうじ……」
「だから、怒ってないって。天羽が気にしなくてもいいよ」

口ではそう言いながら、俺は少しだけ混乱していた。
家がなくなったことを、どう感じればいいのだろう。

帰る家はある。生まれた家ではないけど、現在の親の住所は知っているから、そこへ行けばいい。訪ねればきっと、暖かく迎えてくれるだろう。
だけど、あそこで生まれて、そして育った。
4年ほど前までは。

身長を測るために刻んだ傷も、こっそり落書きした壁も、飼っていた猫の墓も。
もう二度と戻らない。だけど、それで天羽を責めるのも筋違いだ。

多少やりすぎであれ、三門市を守ったというのは変わりない。ならば近界民を責めればいいのか。それも、少し違う気がした。

怒り。悲しみ。寂しさ。どれも当てはまるようで当てはまらない。強いて言うならなんだろうか。

「……ん? 何天羽、どうした」

ブロックを抱える右手の傍ら、ぶらぶらと揺れていた左手を、天羽が両手でつかむ。
じっと俺の手のひらを見つめているので、何が起きたとその場で足を止めた。

手相を見るかのような行動に、ふと動物が何もないところをじっと見つめている様を思い出した。
左手を握りこんで天羽の手を掴むと、ようやく天羽の目がこちらを向く。

「なんかあったの?」
「別に……なんでもない。なんとなく」
「そうか」

天羽が俺の顔を見つめたまま動かないので、俺も天羽の手を握ったまま見つめ返す。

しばらくそんなことをしていたら、やがて天羽の眉が徐々に下がって行った。
形のいい眉がハの字になって、小さな口が動く。

「みょうじ」
「ん?」
「……嫌いにならないで」

天羽はうつむいて、弱く俺の指を握った。

素行に問題あり、ということは、ひっくり返せば情緒が不安定だとも言える。
俺が家の跡地に行くと言ったときはさほど大した反応も見せていなかったのに、いざ目の当たりにするとこうだ。
まったく、本当に捨て犬のような奴である。

一旦天羽の手を離し、ブロックを地面に置く。
今にもきゅーん、と鳴きだしそうな天羽の頭を撫でてやって、天羽が欲しいだろう言葉を言った。

「嫌わないよ」
「……本当に……?」
「ああ」

確かに、生まれ育った家がなくなってしまったのは複雑な思いもある。

だけど、俺の家族は生きている。
柱の傷も壁の落書きも、過去のものだ。猫の墓だけは少しやりきれないが、何年も前のことだし、きっともうあの墓には何もいない。

白いパーカーに包まれた体がすり寄ってきたので、そっと受け止める。

「みょうじ、好き」
「うん、俺も」

つり気味の目が山なりに細くなって、腕が背中に回った。

しばらくして満足したのか、天羽が離れる。
少しだけ寒くなったような気がして、身を震わせた。
再びブロックを拾い、天羽に手を差し出す。彼はそっと俺の手を握った。

「帰ろうか」

俺がここに残りたがった理由。

それはもちろん、ボーダーであるからということが一番大きかった。
これでもA級、頼りにされている自覚もある。

だけど、それとは別に、もう一つ。

今隣で、嬉しそうに俺と手を繋いで歩いている彼がいるから。

俺に嫌われること、俺がいなくなることを、何よりも怖がる捨て犬(のような人間)。
天羽がいる三門市だけが、俺のいる場所だから。

「天羽」
「うん」
「嫌いはしないけど、次はもっと控えめにな」
「やだ……」
「……しょうがないな」

こうして甘やかしてしまうのも、天羽の素行が直らない理由なのだろうか。

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