心から愛しい
結果から言うと、30分で終わらず、倍の1時間でようやく終了した。
小田原評定はこんな感じだったのかと意識がおちかけたところで、じゃあもうこれでいいだろと採決された。決断力のある人間がいれば随分変わるものだ。
「ごめん菊地原くん、遅くなっ……」
終了し、慌ててソファを見ると、座っていたはずの人物の姿がない。
おや、と思いつつ一歩踏み出すと、横になって安らかな寝息を立てている菊地原くんがいた。待っているうちに眠ってしまったようだ。
悪いことをしたなと思いつつ、顔にかかる髪を指で払ってやる。
いつもより幼く見える顔を見ていたら、ふと、出会ったときのことを思いだした。
付き合うようになったきっかけを作ったのは、遠征だった。
A級1位から3位までの隊が選ばれるので、自然菊地原くんも加わる。
俺はといえば、ああ大変だな、無事に帰って来られるといいな程度には思っていたが、他人事と思っていたところも否めない。
他人事でなくなったのは、演習場の隅で、一人泣いている菊地原くんを見つけてしまってからだ。
どこか痛めたのか、誰かに何か言われたのかと慌てた俺をよそに、彼はぼろぼろと泣き続け、俺はどうすることもできずにただ背中をさすっていた。
「遠征に行きたくない」と、その日初めて彼は弱音を吐いた。
考えてみれば当然だ。
近界民を殺すこともあるだろうし、殺されることもあるだろう。戻ってきたら誰か死んでいました、なんてこともあるかもしれない。それを当時中学生だった菊地原くんに強いるのだ。
俺の一存で遠征なんて言う大事をどうにかできるとも思わなかったが、彼の名前を伏せ、そのことを忍田本部長に談判したこともある。
結果苦い表情で謝られてしまい、菊地原くんは遠征に旅立った。
ずっと心にしこりが残っていたのだが、遠征から帰ってきた途端、菊地原くんは家族より学校より、真っ先に俺の元へ来て、ぎゅっと抱き付いてきた。その勢いのまま告白され、今に至る。
俺が直談判しにいったことを、本部長から聞いたらしい。
あの時は、遠征から守れないならせめて、望みを叶えてやろうと思って告白を受けいれたのだが。
「今じゃこうだもんなあ……」
自分に笑いながら、つややかな頬を撫でる。
むずがるように身じろぎしたので、慌てて手を離した。
大人だったら、疲れた恋人に仮眠室へ行くよう促すなりなんなりするだろう。
待っててなんて、一人になれない中学生でもあるまいに。
もう少しうまくやれると思っていたが、どうもダメらしい。
ぼんやり菊地原くんの寝顔を見ていたら、うっすらと目が開かれた。
「ん……」
「ごめん、起こした?」
「……みょうじさん」
寝ぼけ眼の菊地原くんが、俺に向かって弱弱しく両手を差し伸べる。
意図を察して細い体を抱き上げると、首に腕が回った。
「仮眠室行こうか」
「ん……みょうじさん」
「どうしたの?」
何か言いたげな菊地原くんに尋ねる。
もうほとんど寝ているだろうに、わずかにつなぎとめた意識か、彼はふにゃっと笑って。
「だいすき」
その一言だけ口にして、こてんと眠ってしまった。
俺はしばらくその場で固まっていたが、ようやく我に返り、菊地原くんを見た。
すやすやと再び寝息を立て始めた彼が、果たして今のことを覚えているのかどうか。
恐らくは覚えていないだろうけど。
「俺も大好きだよ、菊地原くん」
額にそっと唇を落とし、体を抱えなおす。
保護者めいた感情で付き合い始めて、今では恋人として愛して。
同僚である沢村さんや同級生の東にも認められるほどの「恋人バカ」と言われるようになって、一時は少し悩んだけれど。
俺はきっとこれ以上ないほど幸せなんだろう。
その思いをかみしめながら、俺は仮眠室へと向かった。
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