10000打記念 | ナノ


一年越しの

「ここな、おれの部屋」
「お邪魔しまー……きれいだと!?」
「うわいきなりなんだよ!」

案内された太刀川の部屋は、太刀川と思えないくらいきれいに整頓されていた。

あの、鞄の中やロッカーの中が腐海と化していた太刀川の部屋がだ。

思わず見回すも、慌てて詰め込んだような形跡もない。
つまり、普段から片づけられているということだ。

あり得ないものを見る目で彼を見たら、あー、と太刀川は苦笑しながら、部屋の暖房を入れた。

「隊員がさ、たまに抜き打ちでくるんだよ。んで前片づけてなかったら、ごみを見る目されてなー」
「ああ、トラウマなのね……。へー、でも意外だ」
「もっと褒めろ。適当にそのへん座ってろよ、今なんか飲みもん持ってくる」
「あ、お構いなくー」

いいながら、俺は毛足の長いカーペットの上に腰を下ろした。
悔しいことに俺の部屋より片付いている。帰ったら全力で片づけよう。時間はたっぷりあるのだし。

しかし、同性の部屋に来るとどうしても気になるのが、ベッドの下である。
まさかそんな古典的なこともないだろうが、一応お約束として、俺はベッドの下を覗き込んだ。

真っ暗なそこに目をこらしていたら、戻ってきた太刀川が呆れた顔で俺を見る。

「みょうじ、何やってんだお前」
「いや、せっかくだからお約束を」
「残念だったな、おれはDVD派だ。そして一人暮らしだから隠す必要すらない!」
「な、なんだと!! つーかさっきお前隊員来るって言ってたのに隠さねーのかよ!」
「出水は喜ぶし、国近は笑うだけだからなー。唯我は反応が面白いから出してる」
「ひでえや……」

伏せていた体を起こすと、俺の前に座った太刀川が、紙袋を差し出してきた。
例の風間さんからのお祝いなのだろう、見ず知らずの俺になんと慈悲深い。

ありがたく押し頂いて、そっと中身を確認する。
黒い、本革製の財布だ。

実用的かつデザインもおしゃれで、無粋だろうけど高価そうなもの。
本当にこんないいものをぽんとくれるのか。風間さんは聖人か。

「やべえ……超かっけえ……。風間さんにありがとうって伝えて、絶対」
「任せとけ。あ、そうだみょうじ」
「んー?」

財布のふたを開けたり、カード入れを眺めたりしていた俺の手から財布を抜き取り、太刀川はそれを机の上に置いた。
何すんの、と顔を上げて、固まる。

太刀川の目が、あの時と、高校の自習の時と同じ色をしていた。
薄い唇が、高校のときの、とつづけた。

「約束、覚えてるよな?」
「や、やくそく」
「受験終わったら考えるって」

ああ、言った。
その場を切り抜けたいがために言った。だけど、まさか、覚えているなんて。

じりっと後ろに下がろうとしたが、それを見逃す太刀川ではなかった。

あっという間に俺の肩を押し、床に倒すと、その上にのしかかる。顔の両側に太刀川の腕があって、逃げられない。全力疾走した後よりも心臓が跳ねていた。

俺が逃げられないのを確認して、視界いっぱいの太刀川は俺に尋ねる。

「で、返事は?」
「ちょ、待て待て待て、待って! あ、あれ本気だったの!?」
「まじりっけ無しで100%本気だったぞ。おれがあんまり冗談言わないの知ってるだろ」
「し、知ってるけど、」

だからって、あの軽い告白が、まさかこんなことをするほど本気だったなんて思わなかったというのが本音だ。どうしよう、どうしたらいい。

一人であわあわしていると、焦れたのか、太刀川の顔がずいと近くなる。
いよいよ心臓がうるさくなった。

「答えなんか二つに一つだろ。はいかYESか」
「それ実質一つしかないやつ! だ、だってそんな、もう1年以上前のことじゃん」
「たかが1年だ」

声が一段と低くなって、ぞわりと背筋に何かが走る。
顔が、熱くて仕方がない。

時間が経てば、そんなことを言ったなんて忘れるだろう。
そう思って、親が出さなくていいと言ってくれた予備校代をつくってまで、勉強以外のことは考えないようにしていたのに。まさか本気だったなんて。

太刀川の手が俺の頬をなぞる。
やっていることは強引なくせ、手つきが優しくて戸惑った。そろそろ、俺は心臓が爆発して死ぬんじゃないだろうか。

そんなバカなことを考えている俺などそっちのけで、太刀川は俺と額をくっつけた。

「1年我慢したんだから、そろそろご褒美くれよ」

先ほどと打って変わって、真剣なまなざしが俺を射抜く。

そんな目で、声で、そんなことを言われたら、選択肢なんてあってないようなもの。

「……あー、もう……!」

せめてもの抵抗と、手で顔を隠し、もぞもぞとうつ伏せになった。

「あ、こらみょうじ、逃げんな」
「うるせー逃げてないだろ、太刀川が乗っかってんだから」

顔を見ようとする太刀川をガードし、ぎゅっと目を閉じる。

たかが1年、されど1年。
悩んで悩んで、答えなんて出なかった。だから勉強に没頭した。

悩んだその時点で、答えは出ていたというのに。

指の隙間からそっと太刀川を伺う。
変わらず真剣な面持ちに、参ったと白旗を上げて。

「……不束者ですが、よろしくお願いします」

俺は1年越しの答えを告げた。

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