一年越しの
今から1年ほど前のことだ。
「みょうじー」
「何? どっかわかんない?」
「じゃなくて、提案あんだけど」
「うん?」
「おれと付き合わね?」
「……は?」
高校最後の年、みんなが大学受験に向けて勉強していた時。
先生が気遣って、自習にしてくれた時間。俺も例にもれず、苦手な英語のリスニングを、携帯で再生しながらせっせと対策していた。
そんな空気を読まずに吸い込み、太刀川はいつもの薄笑いのままそんなことを言った。
周りがざわざわしていて、聞こえていなかっただろうことだけが幸いか。
「……え、と?」
「大学別になったら会う回数減るしなー。だったらいっそ付き合えばいいかと思って」
「だ、……だ、だったら呼べばいいんじゃ……遊びたいとき……」
「でも他の友達と遊ぶとかだったら来れないだろ? 恋人のほうがランク上じゃね?」
ランクとかそういう問題じゃないし、そもそも、俺は恋人ができても友人を大切にする人間である。だ
ったら付き合えばいいとか、太刀川の思考がまったくわからない。
もしかして太刀川なりのギャグなのかと思ったが、表情は笑っていても目が笑っていない。いやいつものことだけど、なんだか、真剣みを帯びている。
どう返していいかわからなくて、結局、受験が終わったら考える、なんて曖昧な答えを返して、そっかわかったわと太刀川もそれで引いた。
はずだった。
「みょうじ、合格おめっとさん」
「おう、サンキュー」
肩を叩いて健闘をたたえてくれた太刀川に、こちらも笑顔で返した。
結局俺は、志望大学には受かることができなかった。第二志望には受かることができたけど、どうしても第一志望に行きたくて、親に土下座し浪人した。
予備校代はバイトで稼いだので、バイト→予備校→勉強→バイト、の繰り返し。熱を出してぶっ倒れても勉強し続け、ようやく志望校に受かることができたのだ。
「しかし浪人してまで入りたかったのか、あの大学」
「いやー……あの学校しか、俺の行きたい学科なくてさ」
「ふーん? まあ一年お疲れってことで、ほらなんでも頼め頼め」
「キャー、太刀川隊長ステキー」
キモイと笑いながら、太刀川がメニューを渡してきた。
俺が大学に受かったと聞くや、太刀川は燃え尽きて寝ていた俺を引っ張り、ちょっと高そうな食事処に連れてきてくれた。
さすがボーダーの一位隊、太っ腹だ。
二人ともまだ酒は飲めないので、ソフトドリンクで乾杯する。
「はー……。にしてもよかったよ、ようやっと苦労が報われた」
「堤がみょうじいつか過労で死ぬんじゃねーかって心配してたぞ。おれが言うのもなんだけど、お前よくやったよな、ほんとに」
「ありがと。……あ、てか俺ぴかぴかの1年生だから、太刀川より下になるのか」
「まじで? じゃあみょうじくん、おれの肩をもみなさい」
「単位落としまくってる太刀川先輩、肩なんか凝ってないでしょ」
「え、誰から聞いたそれ」
「え、まじなのか」
逆にこちらが驚くわ。
しかし、とりあえず、今日くらいは勉強から離れようという意見が太刀川と一致したので、単位の話は抜きにして、俺たちは今まで遊べなかった分、思い切りバカな話を楽しんだ。
注文した料理が来たらそっちに舌鼓を打ち、また話した。
そして数時間後。
そろそろ店を出るか、と言い出したのは太刀川。
俺としてはもう少し話したかったけど、あんまり長くいても店に迷惑だろうから、手早く支度を整え、食事処を後にした。
「なんか今更だけど……本気で奢ってもらってよかったのか? 半分出すよ?」
「いーって。どうせ金持ってても、隊員にたかられるだけだし」
「あ、そう……。んじゃあ改めて、ごちそうさまでした。美味かった」
「おー」
もう雪はないものの、まだまだ寒い。
吐く息が白いのを見て急に寒さを思い出した。
上着のポケットに手を突っ込んで暖を取っていると、「なあ」と太刀川がこちらを向いた。
「この後時間ある?」
「え? ああ、何にもないけど」
「風間さんに、知り合いが浪人して大学受かったって言ったら、お祝いくれたから。取りに来いよ」
「俺風間さんって人知らないけど超いい人っていうのは分かった。懐でけーな」
「な。おれには超激辛対応なのに。んじゃこっちな」
行くとは言っていないのに、太刀川は俺の腕を引っ張って、太刀川のアパートがあるらしい方向へと足を進めた。大学に入ってから独り暮らしを始めたらしい。
相変わらず強引だと思いつつ、引かれるがままそちらへ進む。
しばらく行くと、こぎれいなアパートが見えてきた。
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