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できるキノコに踊らされる

彼に連れられて、たどり着いた場所は旧校舎の空き教室。
英語なんかは習熟度でクラスが分かれるため、その時に使う教室だ。

エアコンや暖房のききが悪いことで有名だが、自販機が近かったり、ここでサボっていても外から見えなかったりで、なかなか人気のスポットである。
今日はここには誰もいないようだ。

「珍しいなー、誰もいないの。いつも誰かしらいるのに」

時枝と向かい合わせに座りながら、俺はあたりを見回した。ブリックパックにストローを挿しつつ、彼が答える。

「ちょっと気温低いからね。でも、みょうじ寒いの強いし、大丈夫かと思って」
「うん、まあ。でも、時枝寒くないか?」
「平気だよ」

そう言いながらも、時枝はセーターの袖を伸ばし、手の半ばまでを覆うと、指に息を吐きかけた。
少しかじかんでいるその手を、思わず取る。指先を俺の手で挟んで、ああ手俺よりちっちゃいな、とか考えながら体温を分け与えていたら、はたと気が付いた。

俺、また乗せられてないか?

慌てて手を離すと、時枝が小さく残念、とつぶやく。

「……時枝さん、煽るのやめていただいてもいいっすか……」
「煽られてくれたんだね」
「うん……」

小首傾げたり、萌え袖したり、手を吐息で温めたり。恋人つなぎしたり。

付き合うまでは格好いい、フォロー巧い、有能という印象だったのが、今となっては可愛い、煽るの巧い、小悪魔という印象に変わりつつある。確信犯だし。
しかも付き合ってから、仕草の一つ一つが可愛らしく映るからたまらない。

時枝は頬杖をつき、こちらを上目遣いに見上げながら言った。

「別に手出してくれて構わないのに」
「時枝が構わなくても俺が構うって。付き合う以上は相手を大切にしたいタイプなの」

可愛らしいしぐさを見ないようにしながら、コンビニの袋から昼食のパンを取り出し、かぶりつく。

煽られて、手を出して、告白されて。
付き合った理由は、時枝が好きだからというのは無論だけど、手を出した以上は責任を取らなければと思ったのもある。

だから、向こうがOKを出しているとはいえ、安易に誘いに乗っかって、無理させるようなことは極力避けたいのだ。
ただでさえ、時枝はその、女役なのだし。

「みょうじって、遊んでるような見た目のくせに、言うことは古いね」
「遊んでるような見た目って何。とにかくまあ、そういうことだから」
「言いたいことはわかったよ。……でも、不安なんだ」

「へ? 不安?」

もそもそとみかんの皮をむいていた時枝が、うつむき加減でそんなことを言った。
聞き返すと、珍しく口ごもりながら、続きを言う。あ、睫が長い。

「手を出した以上、責任を取らないとって、そう思ってるのは知ってるよ」
「え……」
「でも、その罪悪感を利用してでも、みょうじと一緒にいたいから。……みょうじには、迷惑な話かもしれないけど」

目を伏せ、消え入るような声で時枝が言った。
初めて聞いた彼の弱音に、一瞬あっけにとられたけど、すぐ我に返った。

「いや、迷惑とか、そんなんはないから!」

とっさに、時枝の手を握る。

「そりゃ、確かにそういう気持ちもあったけど、俺、罪悪感で付き合うほど、できた人間じゃないし! 時枝がやること全部可愛いって思うし、ずっと一緒にいたいって思うのは俺もおな、じ……」

そこまで言って、ぱしんと口を押さえた。

しかし、時すでに遅し。

時枝はゆっくり顔をあげて、そしてぞっとするくらい蠱惑的な笑みを浮かべた。

みょうじ、と名前を呼ばれ、肩が揺れる。
いつの間にか、彼の手を握っていたはずの俺の片手は外されて、時枝の手の中にあった。

「一緒にいたいって、思ってくれるんだ?」
「……時枝、もしかして……」

「不安なのは本当だよ。でもおれが離さなければいい話だし。みょうじに告白してもらいたかっただけ」

やること全部可愛い。ずっと一緒にいたい。なんて立派な告白の言葉だろう。

もしや、俺が手を出さないことも全て織り込み済みで、告白させるためだけに行ってきたというのか。さっきまでの、あの数々の動作は。

それを聞くと、あっさりと頷かれた。ええええ。

「……時枝に一生敵う気がしない……」
「そう?」

時枝は俺の手と自分の手の指どうしを絡めながら、どこか上機嫌にそう返してきた。

可愛いなちくしょう。いっそ可愛すぎて腹立つわ。

悔しかったので、絡められた手を引いて、小さな口にキスしてやった。

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