できるキノコに踊らされる
「ねえねえみょうじ!」
昼休み、広報の仕事を終えてから登校してきた佐鳥が、なにか浮かれた空気を漂わせながら、俺のもとへと走ってきた。
俺はボーダーじゃないけど、佐鳥とは補習仲間なのでわりと仲がいい。
寝ぼけ眼のまま用件を問うと、佐鳥はきょろきょろとあたりを見回してから、俺に顔をよせ、小声で尋ねてきた。
「とっきーと付き合い始めたって、ほんと?」
「んん゙っ」
思わずむせると、佐鳥はにやりと笑って、俺の頬をつついた。
これはものすごく面倒臭いやつだとすぐに理解する。
「へー? そうなんだ、へー? なんかとっきーが嬉しそうだったからさあ、聞いてみたらみょうじと付き合うことになったって言うから。それで、どっちから告白したの?」
「佐鳥うっぜえ……」
女子よりも恋バナ好きだろ、お前。
教えて教えてと鬱陶しい佐鳥。それでも小声なのは、気を遣っているのか何なのか。空気が読めないように見えて、意外と空気の読める奴である。
教えなければひたすら粘着されるだろうと思ったので、そっぽを向きながら、そっけなく答えた。
「……時枝」
「えっ、意外! みょうじからかと思ってた」
「ああうん、まあ、ある意味俺からと言えなくもないけど……」
「え? どういうこと?」
「なんでもない黙れ」
「いたっ!」
佐鳥の軽そうな頭をぶっ叩いて、俺は机に頭を沈めた。
好きだ、と告白してくれたのは、確かに時枝からだ。
だけどその前に、もう少しお付き合い期間を経てからするようなこと、をしたのは俺から。
……言い訳させてもらえば、乗せたのは時枝だけど。
しかし、いかに時枝が人を乗せるのを得意とするとはいえ、あっさり乗っかってしまうのはいかがなものなのかという。
「……今更ながらの自己嫌悪がやべえ……」
「え、何。とっきーになんかしたの?」
「セ○ム(嵐山さん)呼ばないで。携帯しまって。後お前、追試免除のプリントは?」
「あっ」
「今行きゃ許してもらえるかもよ」
職員室の方を指さすと、佐鳥は慌てて鞄からクリアファイルを取り出し、教室を飛び出していった。
追試に参加できなかったので、代わりに先生特製のプリントを提出する条件だったのだ。
ちなみに問題量は追試<<プリントである。
さて、うるさいのがいなくなったところで、また考え事でもするか。
「みょうじ」
とん、と後ろから肩を叩かれ、飛び上がる。
まさに思考の中心にいた人物の声がするからより一層驚いた。さきほど、佐鳥とともに学校にやってきた人。
「とっ、時枝……さん」
「なんでさん付けなの、いきなり」
「いや……なんでもない……」
変なみょうじ、と言いながら小首をかしげる時枝。これは、意識しているのか無意識なのか。
また乗せようとしているのかもしれないと、俺は内心で身構えた。
今度は絶対乗らないぞと心に決め、用件を問う。
「どした?」
「昼一緒に食べようと思って」
「あれ、佐鳥は? いつも一緒にいるのに」
「今日は先輩たちと食べるんだって。……おれと食べるのやだ?」
「えっまさか! 大歓迎です!」
ポーカーフェイスなのに哀愁を漂わせるという、素晴らしい高等技術を披露した時枝に慌てる。慌てて了承すると、時枝はじゃあ行こうか、とけろっとした顔で言って俺の手を引いた。
さりげなく恋人つなぎにして。
目を見開く俺には目もくれず、時枝はすたすたと歩き出した。
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