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小説家の逆襲

約一週間ぶりに家に来た犬飼は、どんよりと暗いオーラを纏っていた。

中に入れて、ソファに座らせても、そこだけ寒々しく感じるほどわかりやすく落ち込んでいる。触れないでおこうかとも思ったが、縋るように見上げられ、俺はため息をついた。

「……どうした、って聞いたほうがいいのか?」
「みょうじさぁん……」

やはり聞いてほしかったようで、犬飼は横に立つ俺の腰に抱き付いてきた。
ワックスで整えられた髪をくしゃくしゃとかき回すと、犬飼は抱き付いたまま、原因を話し出した。

曰く、今日の任務で、大失敗をしたらしい。

「大失敗?」
「……二宮さん撃っちゃった」
「は?」

犬飼が言うには、今日の相手は二宮隊にとっては楽な相手で、また周りに気遣う必要もない警戒区域、そして一週間ぶりに俺の家に行くということで、テンションが上がっていた。

大体は全く問題なく撃破できたものの、残りの近界民を撃ち抜こうとしたら、たまたまガレキの陰になっていた二宮が出てきて、その頭に命中した。

見事なヘッドショットで二宮はそのまま緊急脱出、戦きながら作戦室へ戻ったら、仁王立ちした二宮が待っており。と。

「うわ、本当だ膨らんでる」
「いだっ、ちょ、みょうじさん痛いって!」

げんこつをくらったという頭を探っていたら、なるほど確かにたんこぶができている。
冷静なように見えて、二宮は気を許した相手には手が出るタイプだ。俺も経験がある。ちなみに太刀川には気を許していないのか、彼は一度も殴られたことはないようだ。

涙目でこちらを見上げてくる犬飼の頭に手を置いた。

「わざとじゃないだろ、あいつも分かってるよ。次気をつけろ」
「そりゃそうだけどさあ……。……はあ、まさか二宮さんに当たっちゃうとは……」
「落ち込んでるのかお前、まるで人間みたいに」
「俺生まれた時から人間ですけど!?」
「元気じゃないか」

そう言うと、これでも落ち込んでるの!と犬飼が声をあげる。
俺は自分の所属隊というものがないからわからないが、隊長を緊急脱出させるのは、そこまでショックなことなのだろうか。俺は二宮を緊急脱出させられたら素直に喜ぶが。

とりあえず頭をなでてやると、犬飼は不満げな顔で俺を見上げた。

「なんだ」
「こういうとき、恋人なら慰めてくれるもんなんじゃない?」
「そうか?」
「うん。慰めて」
「慰める……」

犬飼に言われて、思いつく限りの「慰め」を思い返してみたが、改めて思い出すと、俺は人を慰めるということにはとことん縁のない人間だった。
高校が一緒だった太刀川は、俺が慰める必要もなく、落ち込んでも勝手に元に戻っていたし、二宮が落ち込んだら構わずそっとしておくのが吉。

その他、とんと友人を慰めた覚えがない。ましてや恋人など。

「慰める……?」
「……え、ちょっとみょうじさん、もしかして慰めたことないとか言わないよね」
「いや、ある……ん? ……思い出せないけどまあ、一回二回はあるだろ」
「思い出せないレベルで慰めたことないの!?」

慰めるほど深い関係になった人間があまりいないだけである。

高校時代の彼女とは、それで別れた気がする。友達と喧嘩したのを愚痴られ、慰めなかったら、人でなしとビンタされた。
後日、俺の悪口でその友達と盛り上がっているのを見たが。

まあ現実での慰め方はよくわからないが、小説ではたまに描写するし、その真似をすればいいだろう。

犬飼の腕を外させて、その隣に座る。
きょとんとしている犬飼を引き寄せ、俺の肩にもたれかからせた。

「えっ、あ、みょうじさん?」

状況がようやく理解できたのか、思い出したように慌てる犬飼。
その頭をなで、髪をなで、指で耳や頬をくすぐると、小さく肩が揺れた。

所在なさげにゆれていた手が、そっと俺の服の裾を掴む。右巻きのつむじに顎を落として囁いた。

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