10000打記念 | ナノ


すれ違いの果てに

鼻で笑ってしまった。
人のことは言えないのだが、この際棚に上げてしまおう。

あの短文のメールは全部、米屋が俺を思って書いてくれていたのだ。難しい顔をして、携帯を前に、あぐらをかき、腕を組んで考えている様を思い浮かべたら、思わず吹き出してしまった。

『あ? どした? なんか変な声聞こえたぞー?』
「ごめん、なんでもない。吹き出しただけ」
『へー、何に? 本でどこか面白いとこでもあったん?』
「んー、まあね」

どうにか笑いをかみ殺して、俺は米屋に言った。

「まあ、純情かっこわらいの米屋の言いたいことは分かった。お前意外と俺のこと大好きだな」
『かっこわらいってなんだよ。あと意外でもねーよ。おれみょうじに告白された時も、超テンパってたし』
「え、嘘だ」
『そこ疑うか?』
「だって全然普通だったじゃん」

あの時の思いを忘れてはいない。
一大決心して告白したら、じゃー付き合う?だぞ。軽すぎてアレ俺今告白したよな、と不安になるくらいだったぞ。

それを伝えると、米屋はあー、と気まずそうな声をあげ、少しためらってから、観念したようにつぶやいた。
がこっと何か固いものを踏みしめる音の後、今度は金属質のものを踏みつけた音がする。
コイツ、どこ歩いてるんだ?

『テンパりすぎてなんて答えたか覚えてねーわ、俺』

その言葉に、思わず、がくんと顎が落ちてしまった。
夜だというのに盛大にはあ!?と声を荒げ、俺は米屋と問い詰めた。

「覚えてないって何!? 俺のトラウマレベルの出来事を!?」
『いやだってさ! 今だって隣にいるだけでドキドキすんだよ! そら覚えてねーよ!』「は!? 表情変わってないしわかんねーよ!」

『……と、思うじゃん?』

受話部分から聞こえる声と、どこからか聞こえてくるこもった声が重なった。

俺が固まると、コツコツと外から窓が叩かれる。その音も、電話の向こうから聞こえてきた。

あんぐりとだらしなく口を開けながら、机の前にある窓の方を向く。
黒い学生服の男が、携帯を耳に当てたまま、ひらりと手を振っていた。

「……つ、通報」
『すんなよ! 絶対すんなよ!』
「それはフリか?」

フリじゃねーよ、と窓の向こうから聞こえてきたので、とりあえず通話を切って、慌ててベッドから降りる。そして窓を開けると、米屋はのんきに「こんばんはー」なんて言いながら、窓辺に寄りかかった。

「え、なに、どうやってこうなった?」
「今日学校でも会えなかったろー? だからトリガー使って屋根に乗って、そっからずっと屋根の上跳んできた」
「生身だよなお前今。危ないにも程があるわ!」
「いでっ!」

思わず頭をひっぱたく。
照れ隠しじゃない、断じてこれは照れ隠しじゃない。

顔が熱くて(照れているわけではない)そっぽを向くと、米屋が俺の腕を引いた。
窓から半分だけ身を乗り出して、米屋の胸に体を預けるような格好になる。

どくんどくんと、大分早い鼓動がそこから聞こえてくる、

俺が静かになると、米屋は俺の頭に手を置いて、ゆっくりと濡れた髪をなでた。

「……わかったか?」
「……うん」

俺と、同じ速度の鼓動だ。

心の底からにじみ出てくるような幸福感を味わいながら、その音を聞く。
腕を伸ばし、米屋を抱きしめた。温まった体に外気は少し冷たかったが、気にならなかった。

「みょうじさ、おれの負担になりたくないって言ってたじゃん?」
「言ったな」
「おれもだよ。本当はずっと一緒にいたいくらいだったんだけど、我慢してないとみょうじに嫌われるって思って、メールとか電話とか、抑え気味にしてた」
「……そっか」

ぎゅっと抱きしめる腕の力を強くすると、米屋の頬がすり寄せられた。

「だから、今はおれ無理してねーよ。みょうじが嫌じゃないなら、そういうの全部やりたいって思ってんだし」
「わかった。米屋が好きなようにやってよ。俺もその方が嬉しい」

我慢しているのも、寂しい思いをしているのも、俺一人だと思っていた、

考えてみれば、人懐こい米屋のことだし、忙しくなってあまり会えなくなって、人一倍寂しい思いをしていたのかもしれない。俺は自分のことで手一杯だった。

このことに気が付いたのも、別れたことがきっかけだと思うと、少し笑えた。

もっと、米屋のことをよく見ていよう。
また悲しい思いをさせないように。

そんなことをぼんやり思いながら、俺はそっと目を閉じた。


「……みょうじ?」
「…………ぐう」
「寝てッ……は!? え!? この場面で!?」
「…………」
「うわあ……ガチ寝じゃん……まじかよ……」

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