10000打記念 | ナノ


常に君に一直線

「みょうじさん、お疲れ様ですっ」
「あ、佐鳥、お疲れ。ごめんね、ちょっと用事あるから、これで」

「みょうじさん、今日この後ひま?」
「うーん、大学の課題やんなきゃだから。ごめんね」
「……そうですか」

最近、みょうじさんの様子がおかしい。

電話は出てくれないし、家にもなんやかんやと理由をつけて遊びに行かせてくれない。それどころか、本部で会ったって、簡単に挨拶だけ済ませたらどこかに行ってしまう。

早い話が、避けられているのだ。

「……嵐山さん」
「ん? どうした、賢。元気ないな」

同じ大学の嵐山さんなら何か知っているかもしれない。
浮気かも、と思うと胸が痛んだけど、だからといってこのままは嫌だ。

直接聞くのもはばかられたので、ぼかしながら聞いてみることにした。

「えっとー……その、みょうじさんなんですけど。最近、何かありました?」
「何か? みょうじに? ……うーん……」
「小さいことでもいいんですけど……」

嵐山さんは少しの間考え込んだけど、やがて困った顔で首を振った。

「すまないな、心当たりがない。確かに最近機嫌は悪そうだな」
「や、やっぱりそうですよね」
「ああ。休憩所のゴミ箱蹴り飛ばしたりしてたぞ」
「めっちゃぶち切れてるじゃないですか!」

あのみょうじさんが物に当たるとか、考えられない。
だけど、嵐山さんに心当たりがないというと、大学で誰かと浮気、ということはなさそうだ。ボーダーの女の子ならおれの耳にも入るだろうけど、そんな話もない。

ということは、もしかして、おれのせいなのだろうか。
知らず知らずのうちに、何か気に障るようなことをしてしまったのか。温厚な彼がゴミ箱を蹴っ飛ばすほど。

さあっと顔から血の気が引く。

「賢、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」
「え、えっと、ハイ……。あの、今日って、防衛任務は夜の10時からですよね?」
「ああ、そうだが……」
「佐鳥、ちょっと用事あるんで、また10時に!」

ぽかんとした顔の嵐山さんを置いて、おれは鞄を持って作戦室を飛び出した。

直通通路を駆け抜け、外に出る。
雨が降っていたけれど、傘なんか持っていないし、買う時間も惜しかった。水たまりを踏みつけながら、とにかく走った。

怒らせてしまうようなこと、心当たりがあるといえばいくらでもあるし、ないと言えばない。最近嫉妬してほしい、なんて無茶なことを言った時も、笑って流していた。

だけど、実は内心で面倒くさいとか、思われていたのかもしれない。
電話もメールもラインも、鬱陶しくて無視しているのかもしれない。
そう思ったら、いてもたってもいられなかった。

みょうじさんの家は何度も行ったから覚えている。
街路樹の植わった通りを抜けて、駐車場の横を曲がって。曲がりくねった道を間違わずに進んで行くと、ようやくアパートが見えてきた。

「はぁっ、はぁ、はー……」

体が重い。息切れしているのもあるけど、雨のせいで全身びっしょりだ。さっきまでぽつぽつだった雨は、今はまるでバケツをひっくり返したような土砂降り。任務までに止んでくれればいいけれど。

いや、それより今は、みょうじさんだ。

アパートの階段に足をかけて上ろうとしたら、背後からばしゃん、と何かを落とすような音がした。

「……佐鳥?」

「へ?」

大好きな声に振り向くと、買い物袋を落としたみょうじさんがいた。

そうか、家にいない可能性もあったんだった。テンパってたから思いつかなかった。

目を見開いて俺を見ていた彼は、はっと我に返って、慌てたようにこちらへ近づく。

「どうしたの、そんなにびしょ濡れで! 風邪ひくよ!」
「え、えーっと……」
「とにかく上がって!」

みょうじさんは素早く買い物袋を拾い、おれの腕を引くと、足早に階段を上り始める。
暖かい手の温度が、濡れた服を通して伝わってくる。こんな状況だと言うのに、久しぶりのぬくもりに小さく笑みがこぼれた。

やがて「みょうじ」と書かれたプレートが下がった部屋の前にたどり着き、みょうじさんが扉を開ける。
懐かしく感じる空気に、鼻がツンとした。

「とりあえずタオル持ってくるね。……どうしたの?」
「……みょうじさん」

うつむくおれを見て、彼が首をかしげる。
さっきまでおれの腕を掴んでいた手が、冷たくなった頬に触れた。暖かくて、痛いくらいだ。

その手にそっと自分の手を添えて、ぎゅっと頬に押し付けた。
佐鳥、とみょうじさんに名前を呼ばれて、おれは不思議そうな彼の顔を見上げた。

「みょうじさん。……佐鳥、みょうじさんに何かした?」
「え?」

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